1 / 2
こんなに近くにいるのに君には触れることができないなんて
江楠さんから聞いた話を幽魅に説明するべく、仕事終わりに幽魅を探し回って、結局見つからずに帰る日々が続いていました。彼女は幽霊なので、スマホなどの連絡手段を持っておらず足で探すしかないのです。今日も幽魅は見つからず、くたびれて自分の寝室に戻ると、ずっと探していた幽魅が私のベッドで気持ち良さそうに眠りこけていました。それも下着姿で。 私は困惑と苛立ちと疲れがないまぜになった長い溜息をつきました。幽魅の服装は彼女のイメージで決まっているので、恐らく寝るときは下着で寝る習慣の持ち主だったのでしょう。しかし疲れて帰ってきて、探していた相手がこんな姿を見せてきたらさすがに私も黙ってられません。 「幽魅、ねえ幽魅」 声をかけてみましたが、ちっとも起きる様子はありません。もっと大声で呼ぶか、と息を吸いましたが、よく考えたら玄葉に聞かれる可能性もあります。兄が部屋で女性の名前を連呼している、なんて事になれば、まるで私がいかがわしい事をしているようではないですか。大変決まりが悪いです。 そこで私は、無防備に晒されている幽魅のわきの下をくすぐってみる事にしました。ところが手を添えると、指先は幽魅の体をすり抜けます。幽魅が寝ているから「触ろう」という意識もないため当然の話でした。私はやけになって幽魅の全身をまさぐりましたが、やはりどこもまったく感触がありません。体も下着も、こんなにはっきり見えているのに触れられないなんて。 何だか疲れてしまった私は、部屋着に着替えると幽魅の隣に身を横たえました。幽魅がこちらに寝返りをうち、あどけない寝顔を見せてきます。その頬をそっと撫でるジェスチャーをしてみますが、手は空を切るばかりでした。こんな無邪気な寝顔の女性があんな前科者の恋人だなんて、ちょっと信じられないものです。しかし、手掛かりになる可能性がある以上伝えなくてはいけません。明日起きたら幽魅に話そう、などと考えているうちに、私は疲れから眠りに落ちてしまいました。 翌朝、私が目を覚ますと幽魅の姿はありませんでした。これは失敗です、また探さなければ。ため息をついて部屋を出ると、玄葉に出くわしました。その途端、玄葉は私を虫けらを見るような目で睨むと、 「おはよう。鏡見てきたら、ドスケベ野郎」 なんて言って自分の部屋に戻ってしまいました。玄葉が私を「お兄」と呼ばないなんて余程怒っている時です。私は心当たりを考えながら洗面所に立ち、鏡を見ました。その瞬間全てを理解しました。 「ボクはドスケベ野郎です」 私の額には油性マジックでデカデカとそう書かれていました。間違いなく幽魅の仕業でしょう。きっと朝起きて私が隣に寝ていたので、声も出ないような悲鳴を上げ、恥ずかしさでパニックになりながらもほっぺたを膨らませて私に報復をしたといったところかと。そんな、ひどい・・・。 しかしよくよく考えれば、下着姿の女性、それも恋人でもない相手に添い寝するなんて非常識な行為でした。やはり昨夜は疲れすぎて判断が鈍っていたのでしょう。反省しなくては。私は顔を洗いながら、また江楠さんに話を聞いてみようと思いました。江楠さんならそろそろ何か新しい情報をつかんでいそうですからね。
