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王都の闇とアフロの愛

王都の夜。魔法の灯りと、蒸気と香辛料が街を包む時間帯。 そのざわめきの中に、重低音の怒声が響いた。 「貴様らには母の愛が足りていない!!」 路地裏にいくつも並ぶ屋台に、チンピラの一人が投げつけられる ガシャアアアン! 派手な音を立てて屋台ごとチンピラは地面に崩れ落ちる。 その数すでに6人 壊れされた屋台も6 涙を流しながら咆哮を上げるのは、バルサム。 身長2メートルを超える筋骨隆々たる、アフロヘアーで肌の黒い”男性”神官。 大地母神マーフィアの、王都神殿長だ。 王都における“更生の聖者”にして、拳と涙による愛の執行者である。 「また始まったよ……」 黒衣の少女が、屋根の上からそれを見下ろす。銀髪が夜気に揺れた。 リリス。 黒のローブに銀の長髪、その身に武器は見せぬが、近づいた誰もが無意識に距離を取る。 バルサムは、そんな彼女を「根っからの不良娘」と見なしていた。 そして今夜、ついにその拳が彼女へと向けられた。 「リリス! お前の心、歪み切っておる! 今こそ更正の時だ!母の祈りを知れ!」 「やめときなよ、バルサム」 リリスはため息交じりに、屋根から飛び降りる。動きは静かだが、足元に魔の気配が残る。 「この街の神官の中でも、あんたはとびっきりだな。母親面が過ぎるよ、さすがに」 (おっさんのくせに) とはさすがに口には出さなかったが。 「……ならばまず、話だけでも聞け!」 「その話がもう殴る前提だろうが。暴力的な母親って、ただの恐怖でしかないよ?」 ギリ…… バルサムの拳がわずかに震える。怒りではない。説得できぬもどかしさ。 「私はな……そなたのような娘こそ、救いたいのだ。悪に落ちたのではない、愛に飢えているだけなのだろう? ならば??!」 リリスの表情が、ほんの一瞬だけ陰る。 それは、動揺だったか。怒りだったか。 (……やめろ) その隙をつくように、バルサムが一歩踏み出す。 しかし次の瞬間、動いたのはリリスだった。 ローブの裾が揺れたかと思うと、目にも留まらぬ速さでバルサムの懐へ滑り込む。 ドンッ!! 腰へ、足首へ、肩へ。正確無比な打撃と動きの封じ。 彼女の体格では真正面からのぶつかり合いでは敵わない。だが、真正面に立たなければ話は別だ。 「……チッ、やるな」 バルサムが舌打ちをする。顔は笑っていた。 これほどの腕を持ちながら、なぜ悪に染まる? なぜ母への祈りを否定する? 「……なあ、リリス。まだ間に合う。母の、マーフィアの愛は、どんな罪でも赦す」 「それがウザいって言ってるの」 リリスは後ろに跳んで距離を取る。 「あたいの神様はね、赦しよりも見守りの神様なんだよ。見守っててやる、助けがいるなら呼べって言ってくれる存在。 あんたみたいに踏み込んできて勝手に更生しようとする奴、正直、害悪」 その声は静かだったが、刺すような冷たさを帯びていた。 「やれやれ、……ああ見えてリリスちゃんも可愛いとこあるんだけどね~」 路地裏の屋台で、ダキニラが串を焼きながら見守っていた。 狐耳の巫女は気楽そうに笑っているが、屋台の近くには守りの円環(プロテクションサークル)がはってある。念のためだ。 チャーリー・ウッドは白ワイン片手つ。 「リリスを、その辺の子どもと同じに考えてるのか。母の愛だけで語ったりしたら火傷するぞ。変な聖人が一番、ダメージ負うだろうな」 バルサムは構えを解いた。 拳を振るえば勝てるかもしれない。体格も力も上だ。だが、彼女の目は戦意ではなく、拒絶だった。 「……リリス。母の愛は、拳ではない。だが、拳でしか伝えられぬこともある」 「拳か愛でしか語れない時点で程度が知れてるね」 リリスはそっとフードをかぶり、闇の中へと姿を消した。 バルサムは夜空を見上げる。 「……あの娘の心に、愛が届く日は来るのだろうか」 「来るかどうかは、わたしもわかんないけどさ」 ダキニラが屋台からひょいと顔を出した。 「でも、リリスちゃん、いつもあんたの話、聞く前に逃げたりしないよ。それ、結構貴重だよ?」 バルサムは無言で屋台の焼き物をひとつ手に取る。 「……払うぞ」 「いならいよ。母の愛にはたまには感謝しないとね」 王都の夜。 祈りと矛盾と、静かな逃げ足と。 更生という名の戦いに、またひとつ引き分けが刻まれた。

さかいきしお

コメント (14)

ガボドゲ
2025年06月07日 05時32分
早渚 凪
2025年06月01日 13時58分
五月雨

愛ゆえに…退かぬ!媚びぬ、省みぬ!

2025年06月01日 09時07分
謎ピカ
2025年06月01日 06時38分
九一
2025年06月01日 01時10分
うろんうろん -uron uron-
2025年06月01日 00時39分
Ken@Novel_ai
2025年05月31日 23時37分
白雀(White sparrow)
2025年05月31日 23時36分

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