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朝の特別チケット【主人公視点】
目が覚めたとき、世界はまだ夢の続きを引きずっているようだった。 ──あったかい。ふわふわ……。なんだろう、この心地よさ。 もぞもぞと顔を動かすと、柔らかな布地とほのかな香りに包まれていることに気づく。視界の隅には、見慣れた金の髪があって、それに触れるたびに心が溶けてしまいそうだった。 「……んぇ……?」 わたしは声にならない声を漏らしながら、瞼を持ち上げる。まぶたの向こう、朝日がカーテンの隙間からこぼれていて、部屋の空気を優しく照らしていた。 その光の中にいたのは、やっぱりアルトリアだった。 「おはようございます」 アルトリアはすでに目を覚ましていた。その声は少し掠れていて、だけどとても優しくて、まるで夢の続きみたいで──。 「……あ、うん……おは……よう……」 言葉がまだ眠気に絡まって、うまく出てこない。わたしは彼女の胸にすり寄るようにして、もっかい目を閉じる。柔らかな布団のなかで、彼女の腕の中にいる安心感が、全身をとろけさせていく。 「もう少し……このままでも、いいですか?」 「うん……むしろ、動けない……」 「ふふ、そう思って……ぎゅっとしていましたから」 くすぐったそうに笑うアルトリアの声が、耳元で震えた。細い指がわたしの髪をそっと梳くたびに、まるで子どもになったみたいな気分になる。 「……あのね、アルトリア……今日、仕事……なんだけど……」 「ええ、そうですね」 「準備しなきゃ……だけど……」 「……でも、まだ行かせませんよ?」 その一言に、わたしの頭のなかで何かが止まった。 「……え?」 「貴女が、まだ私の腕の中でふにゃふにゃしているのに。手放すなんてできません。ですから、もう少し……この時間を、独占させてください」 顔が急に熱くなる。 眠気と甘さが混ざった、ふにゃふにゃな状態で、そんな真顔で囁かれたら、もう抗えるわけがない。 「ずるいよぉ〜……そんなこと言われたら……」 「そうですか?」 アルトリアはわたしの言葉に小さく笑って、さらにぎゅっと抱き寄せてきた。彼女の胸の鼓動が、わたしの胸に伝わってくる。それが心地よくて、もう動けなくなってしまう。 「……ねえ、これ、毎朝だったら……わたし仕事にならないよ……?」 「構いません。貴女が遅刻して叱られるなら、私が全力で守ります」 「……むしろ守られてはいけない立場なんですが……」 「私の役目ですから」 「……もう……ほんと、アルトリアってば……」 わたしはふにゃふにゃなまま、彼女の胸に顔をうずめた。頬にはほんの少し、彼女の体温が移って、心までぽかぽかになっていく。 そのまましばらく、布団の中の世界にふたりきりで閉じ込められていた。 「……ねえ、アルトリア」 「はい」 「枕の下に……なんかある……」 「……見つかってしまいましたか」 彼女の頬が、すこしだけ赤くなった。わたしが手を伸ばして引き出したのは、小さく折りたたまれたメモだった。開いてみると、手書きの文字が、ほんの少し震えながら綴られている。 『おはようのキス券 一回 使用期限:今朝限定』 「……なぁにこれ」 「贈り物です。朝の、ふにゃふにゃした貴女を眺めていると、キスしたくなる衝動を我慢するのが大変で……だったら許可を得れば良いのでは、と思いまして」 「……アルトリア可愛いこと考えるんだねぇ……」 「……可愛く……はありません、効率的かつ、合意を得られる方法かと」 「……そうですか……」 わたしは彼女の襟元を掴んで、そっと引き寄せた。ふたりの唇が触れ合ったその瞬間、世界の温度が少しだけ上がった気がした。 「……使用済み、ね」 「……有効期限の延長を、申請してもいいですか?」 「ふふ……却下。でも、明日は明日で、また欲しいな。違う券で」 「承知しました」 ふたりきりの朝。仕事も日常も、すべての前にある、わたしたちだけの一日が、今日も始まる。 ──ただ、起きるのはちょっと遅れちゃいそうだけど。 でもまあ、それも仕方ないか。 だって。 「だって、アルトリアが、ぜんっぜん離してくれないんだもん……」 「ふにゃふにゃな貴女が悪いのです」 「……うぅ、言い返せない……」 それでも幸せなこの朝に、何ひとつ文句なんてない。心の奥から、とろけるような甘さがこぼれていく──そんな、バカップルな一日の始まりだった。
