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【花火】砂浜で花火に想いを乗せて
これは今から少し過去の話・・・。 俺と彼女以外は誰もいない夜の砂浜。彼女は線香花火を静かに見つめる。これは二人だけの花火大会だ。昨日は町の花火大会があったが、俺と彼女は行かなかった。 「ごめんな、俺がお前と一緒に花火見たいとか言ったせいで付き合わせて。本当は友達と一緒に昨日の花火大会行きたかっただろ?」 「ううん、用事が入ったなら仕方ないよ・・・それに私、人の多いところ苦手だから、逆に良かった・・・かな」 俺は今年、彼女に結婚を前提にした交際を申し込むつもりだ。だけど、その前に花火大会に誘って親睦を深めておきたかった。だが彼女を花火大会に誘ってOKをもらった後で、クラスメイトから「あの子人ごみ苦手だから、毎年花火大会は行かないんだよ」と聞かされた。彼女は俺の誘いを喜んで受けたのではなく、断れなかっただけだったんだ。気を遣わせた。 だから俺は急用が入った事にして、その話を無かった事にしてもらおうとした。そうしたら、彼女の方から「次の日でも良ければ二人で花火しよう」と提案されたのだ。一緒に花火を見たがっている俺を気遣って無理にそう言っているのではないか、なんて少し考えたが、二人だけなら人ごみの心配も無いし受ける事にした。そうして今、俺達は二人だけで夜の浜で花火をしている。 「来年は・・・獅子島くんと一緒に花火大会行けるといいな」 「そうだな」 そうだ、なんてちっとも思っていないのに、そうだなと返してしまった。彼女の今の言葉はきっと俺を気遣っただけのもので、本心なんかじゃないだろう。だからもう俺は彼女を花火大会に誘う事は無い。もし彼女の方から誘って来ても、きっと俺は急用を作り出すだろう。・・・いや、そもそもその前にそんな話をする間柄じゃなくなっているかもしれない。告白に失敗したら、もう二人きりでなんて会えないだろうから。 「でも、ね・・・大会じゃなくてこういう花火でも・・・いいよ。獅子島くんと一緒なら・・・」 俺を見上げ、笑う彼女。自惚れで無ければ、その笑顔は何の裏も無い本心からのものに見えた。 「そうだな」 今度は本心から、そう言葉が滑り出た。 ============================== 時は過ぎ、これは今から少し未来の話・・・。 「ってな甘ったるい夜がここであったんだよ、はさみん!」 獅子島さんはお父さんとお母さんの話を僕にしながら、線香花火を楽しんでる。ご両親の思い出の浜なんだね。・・・僕のお父さんとお母さんは、どうしてそういう風に仲良くなれなかったんだろう。中学生になった今でも、僕はお父さんの考え方に共感できないでいる。 「夜の砂浜で二人っきりで花火の約束とかさぁ、もう付き合えよお前らってレベルじゃんね!出会いの時点でお互い裸も見てるんだしさぁ、変に遠慮しなくていいじゃんって思わない?」 「獅子島さんはもうちょっと遠慮しようね。特に僕にエロ自撮り送るのは本当にやめて。いつか僕社会的に死んじゃうかも知れないから」 僕がそう言うと、獅子島さんは悪戯っぽく浴衣の襟を引っ張って開いて見せた。 「エロ自撮りじゃなくてナマをご所望か。さっすがはさみん、経験人数二桁は伊達じゃないね、このプレイボーイめ。ほら見て見て、今日は浴衣だから下着つけてないんだよ」 「見せなくていいの!あとその経験人数ってのも、全部僕が一方的に犯されただけだからね!あの頃は小学生だったから、大人の女の人の力に勝てなかったんだもん!」 「テメェら夜の浜で犯すだのナマだの、何を猥談してんだよ」 向こうで手持ち花火をしていたはずの赤羽さんが歩いて来た。 「なぁ獅子島、写真加工ってこんな感じでいいのか?」 「んー?あー、海にカミナリ落としたんだ。うん、いいけど・・・何でカミナリ?」 「カッコいいだろ?」 赤羽さんが獅子島さんに見せてるスマホの画面には、強気な笑みで手持ち花火を持ち、砂浜に立つ赤羽さんの写真。そして背景の海には、何故か落雷のエフェクトが。 「本当は嵐の中で手持ち花火してる方がワイルドかと思ったんだけどよ、何か上手く行かなくてなー」 「バネちゃんさー、天気変える系の写真加工はスマホじゃきついってー。服濡れとか絶対違和感出るっしょ」 この間赤羽さんに僕の手作りクッキーをプレゼントしてから、赤羽さんはちょこちょこ僕や獅子島さんに絡んでくるようになった。その影響で、自撮りや写真加工を獅子島さんに教えてもらってるみたい。 「あ、でもねバネちゃん。服を脱がすのは簡単にできるよ。ちょっとやってみていい?」 「んな事してみろ、テメェのマ〇コの中でドラゴン花火ぶっ放すぞ。それともケツをロケット花火の発射台にしてやろうか?」 赤羽さん、発想が怖すぎる。よい子のみんなが真似しちゃいけない花火の使い方がなんでそんなに浮かぶのさ。 「えー、どうせならはさみんのオトコノコにねずみ花火はめて点火しよー?めっちゃ映えそうじゃない?」 「物理的にもSNS的にも大ヤケドだよ!何で僕がそんな目に遭わなきゃいけないのさ!?」 近くにいると何されるか分からないので、僕は美結ちゃんのところに逃げる事にした。 「羽佐美君、何だかおもちゃにされてるね」 「獅子島さんの言う事って、どこまで本気か分からないから怖いんだよ」 美結ちゃんは一人で線香花火をしてた。やってる事は獅子島さんと一緒なのに、すごくイメージが違うなぁ。 「羽佐美君もする?」 「うん、もらうね。ありがとう美結ちゃん」 美結ちゃんが火を付けてくれた線香花火を一本貰って、二人並んで火の玉を見つめる。 「線香花火の燃え方ってね・・・蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊・・・って言うんだって」 「そうなんだ。みんな植物に例えられてるんだね」 感性の豊かな人が名付けたんだろうなぁ。僕がそれっぽいって思えるのは柳くらいかも。 「わたし、線香花火は好き。優しくて穏やかで、でも頑張り屋さんなところもあって、見てて安らぐ気持ちになれるから。何だか羽佐美君みたい」 「僕からすると、優しくて穏やかで頑張り屋さんで、見てて安心できるのは美結ちゃんみたいだなって思うな」 「ぜ、全然似てないよ・・・わたしは線香花火みたいに綺麗じゃないから」 「そんな事無いよ。子供の時から思ってる。美結ちゃんは心優しくて、綺麗だよ」 押し黙ってしまう美結ちゃん。僕もそれ以上は言わず、線香花火が燃え尽きるまでただ隣に居続けた。 「はさみんさぁ、みゅーたんを口説いてないで自分の可愛さにも気付いて欲しいなー」 いつの間にかやって来た獅子島さんはそう言って、僕にスマホを見せて来た。今日の僕がそこには写っている。 「ハートの浴衣はお母さんのお下がりだからしゃーねぇとしても、髪を耳にかける仕草が色っぽ過ぎるでしょ。こんなん見せられたら妊娠しちゃうよ」 「そんなんで妊娠してたら獅子島さんの子宮ガバ過ぎるよ」 「じゃあバネちゃんとみゅーたんにも聞いてみよ。このはさみん可愛さヤバくない?」 二人はすぐに同意を示した。僕、お父さんとは似てない男らしい髪型を探した方が良いかもしれない。じゃないといつまでもおもちゃにされ続けて、カッコいい僕になれない気がする。
