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深藍に溶けゆく自動存在の叙情法
エルフィマールと名乗る少年は、城下町の広場に面した小さな工房で、妙に短いスカートを履いたロボット――その名もエルフモデルS-9――と共に暮らしていた。エルフの技術と人間の工学が微妙に融合したその機体は極めて軽やかに動き、長い耳を模した金属製のセンサーがいかにも愛らしかった。しかしエルフィマールはそのスカートの短さに、毎度疑問を抱かずにはいられない。 「なあ、エルフモデルS-9。ちょっとスカート短くない?」 「これは作った人の趣味で、仕方ありません。ロボット三原則の縛りがあって、勝手には変えられないんですよ」 エルフィマールは鼻を鳴らしてニヤリと笑う。彼は見た目だけは優雅な森の精霊めいているが、笑顔にはしっかりと胡散臭さと狡さが漂う。ロボットに対するむちゃぶりを決行しようと企んでいる様子がひしひしと伝わってくる。 「そっか。そこは作者の拘りってわけだな。うーん、まあいいや。ところでおまえ、俺にも逆らえないわけだよな?」 「残念ですが、そうなりますね」 エルフィマールは自分勝手な提案を次々とぶつけては、ロボットらしい論理的な言い分を言下に封じ込めようとする。ある意味では天真爛漫とも言えるし、ある意味ではわがままとも言える行動だ。ともすれば彼の言動は人を振り回すが、どこか憎めない雰囲気を醸しているので、エルフモデルS-9も困惑しながらなんとなく付き合ってしまう。 「じゃあさ。ちょっと踊ってみせてよ。脚線美とやらを拝見したい」 「踊るんですか?」 「いや、どうせなら舞台でバレエみたいなこともできるんじゃないか? ほら、エルフモデルだし優雅な動きが得意だろ?」 「そ、それは別に構いませんが……どういう意図で?」 「芸術ってのは自由なんだよ。恋と一緒だな」 エルフィマールは急にそんな名言めいたことを吐いて、どこか達観しているかのように腕を組む。エルフモデルS-9はつい「妙に格好つけてるな」と思いつつ、拒否できない運命を受け入れた。彼女(便宜上そう呼ぶが、機械なので性別はない)がバレエのような動作を始めると、短いスカートがはらりとはためく。エルフィマールは食い入るようにその動きを見ていた。 「うん。いいぞ、なんかこう、エルフの神秘的な舞みたいでさ」 「それはそれで嬉しいんですけど……何だか視線が不審です」 「冗談、顔だけにしろよ」 「いえ、顔への冗談でも結構傷つきますが……」 エルフィマールは急に踊りを止めて、ロボットの肩をぽんぽんと叩く。まるで適当なことを考えついたような顔だ。彼のデタラメな行動原理は、得意気に前を向き、ろくに説明もなく指を鳴らすところに端的に表れている。 「よし、次は剣舞だ。自分勝手とか言うなよ? エルフって言ったら剣と魔法、永遠のテーマだろ?」 「いきなりハードルが……まあ対人攻撃は法に触れますが、練習用の模擬剣なら大丈夫ですかね」 「だろ? ってことで、さっそく始めようじゃないか!」 エルフモデルS-9は軽量で柔軟性に優れた合金フレームを活かし、驚くほど俊敏な動きで模擬剣を振るい始める。細長い金属耳が光を反射し、その軌道を測るように動く様はまさに優雅としか言いようがなかった。エルフィマールは感心するどころか、ますます無茶を言い出しそうな笑顔を浮かべている。 「そうそう、その調子。もっとこう、回転して! スカートは嗜好だよ。恋と一緒だな」 「やっぱり視線がそっちに集中しているんですよね……」 エルフィマールは何も気にする様子なく、さんざんロボットを振り回した末に、飽きたのか週一回の市場で開かれる特売日に向かう準備を始める。 「ちょっと、エルフィマール様。剣舞を始めた責任は? 全部投げ出すんですか」 「練習を続けといてくれ。帰ったら続き見るからさ」 「まったくもう……」 エルフモデルS-9はため息を漏らすように見えた――実際には機械ゆえ息はしないのだが。そして、小さな工房の中央で模擬剣を手に、一人で優雅な動きを続ける。妙に短いスカートと長い耳がひるがえり、金属のきしみ音さえもリズミカルに響かせながら、無茶な主人に振り回される日常が、この先も延々と続くのだろう。 夜半、町の灯に彩られた大気の波は、星屑を抱えて高く広がっています。雲の輪郭を琥珀色の月光が縁取り、風は悠長に地上の騒動を見下ろすように吹いています。遠くでかすかな鉄の音が響くたび、空気はそのさざ波を飲み込み、静寂へとかき分けるのです。エルフィマールの足跡と、エルフモデルS-9の微笑を乗せた世界は、今宵も穏やかに廻り続けます。静かに揺れる星空とともに、私たちの物語は繋がれたまま、明日へ溶けていくのです。
