1 / 22
永久光源は妖精(ソーラー)パワー
「ねぇボルグ、まだ着かないの? 私、もうクタクタ。繊細なエルフの足は、こんなゴツゴツした岩場を歩くようにはできてないのよ!」 「うるさいぞ、このわがままエルフ! てめえが地図を川に落とさなきゃ、とっくに着いとるわ!」 薄暗い洞窟の前で、エルフの女戦士ランテシアは腰に手を当てて不満を叫んだ。美しい銀髪を揺らし、尖った耳をぴくぴくと動かす様は絵画のようだが、その口から出る言葉は不平不満ばかりだ。 その隣で、岩のように頑丈な体躯を持つドワーフのボルグが、自慢の髭を震わせて怒鳴り返す。二人の仲の悪さは、この薄暗い森ではもはや名物だった。 「細かいことはいいの! それより、さっさと『永遠に輝くランタン』を見つけましょ。こんな薄暗い場所、私の美貌がくすんでしまうわ」 ランテシアがこの旅に出た理由は、ただ一つ。「夜、暗いのが嫌だから」。オイルを継ぎ足す手間もなく、永遠に光り続けるという伝説のランタンは、究極のズボラアイテムとして彼女の心を鷲掴みにしたのだ。 ボルグは大きなため息をつくと、重い斧を肩に担ぎ直し、洞窟の入り口を睨んだ。 洞窟の中は、ひんやりとした空気が漂い、壁からは水滴が滴り落ちていた。ランテシアはたいまつの火を頼りに、鼻歌交じりで奥へと進んでいく。 「ねぇボルグ、この洞窟、なんだかジメジメしてるわね。私のサラサラの銀髪が湿気でうねっちゃうじゃない」 「やかましい! それより足元に気をつけろ! このあたりは古代の罠が…」 ボルグが言い終わる前に、ランテシアが踏んだ床石がカクンと沈み、天井から巨大な岩が落下してきた。 「きゃっ!」 ゴゴゴゴゴッ! 轟音と共に、岩はランテシアの数歩手前に叩きつけられ、粉塵が舞い上がる。 「…あっぶな! 今の、もしかして罠だった?」 「今気づいたんか、このアホエルフ! わしの寿命が縮んだわ!」 「それより見て、ボルグ! あの奥、光ってるわ!」 粉塵が晴れた先、洞窟の最奥部がほのかに明るんでいた。二人が足を進めると、広間のような空間の中央、石の台座の上に一つの古びたランタンが置かれていた。 ガラス製のホヤの中で、柔らかく、それでいて力強い光が満ちていた。それはまるで、小さな太陽がそこにあるかのようだった。 「うわぁ…綺麗…。これね、絶対にこれよ! 伝説のランタン!」 ランテシアは瞳を輝かせ、吸い寄せられるようにランタンへと駆け寄った。 「おい、待て! また罠かもしれんぞ!」 ボルグの制止も聞かず、ランテシアはそっとランタンに手を伸ばした。彼女の白い指が真鍮のフレームに触れた、その瞬間。 「……して……」 か細い声が、ランテシアの頭に直接響いた。 「え?」 ランテシアはきょろきょろと周りを見渡す。ボルグはまだ警戒して、少し離れた場所にいる。 「…ここから…出して……」 声は間違いなく、このランタンから聞こえてくる。 「もしかして、あなた、喋れるの?」 ランテシアがランタンに話しかけると、光がわずかに揺らめき、声がはっきりと聞こえた。 「お願いです…! 私はこの中に閉じ込められているのです!」 「閉じ込められてる? あなたは一体何者なの?」 「私は光の妖精ルクス。邪悪な魔術師によって、このランタンに封じ込められてしまいました…!」 ランテシアは目を丸くした。そして、合点がいったというようにポンと手を打った。 「ほー、そういうこと。妖精の光で永遠に光り続けるって訳だったのね。すごいわ」 「と、とにかく! お願いします、親切なエルフさん! この蓋を開けて、私をここから出してください!」 妖精の必死の訴えに、ランテシアは少し考えるそぶりを見せた。 「ちなみに聞くけど、食べ物とかはどうしてるの? 何もあげないと、そのうち光らなくなったりしない?」 「私達、光の妖精は太陽の光があれば生きていけます。食料は必要ないのです」 「へぇ、それは便利ね…」 ランテシアはにっこりと微笑むと、ランタンの天辺にある小さな留め金に指をかけた。 「わかったわ。助けてあげる」 カチリ、と小さな音を立てて蓋が開く。その瞬間、眩い光の粒がランタンから飛び出し、小さな人型の姿になった。羽を持つ、美しい妖精だ。 「あぁ、自由だわ! ありがとうございます、エルフさん! このご恩は決して忘れません!」 妖精ルクスは歓喜の声を上げ、くるりと宙を舞うと、洞窟の出口に向かって飛んでいこうとした。 しかし、その小さな体は、風を切る音と共に現れたランテシアの手に、いとも簡単に捕まえられてしまった。 「ひっ!?」 妖精はランテシアの指の中で、必死にもがく。 「ふふふ、逃げられまい」 ランテシアは満面の笑みを浮かべて、指の中の小さな光を見つめていた。その顔は、欲しかったおもちゃを手に入れた子供のように無邪気だ。 「一生、私の明かりになってもらうよ。太陽光でOKなんて、燃費もいいし最高じゃない!」 「な、何を…! 話が違うじゃないですか! 助けてくれると…!」 「助けたじゃない。ランタンの中からはね。今度は私の特製ランタン(ボトル)に入れてあげるわ」 ランテシアは懐から空のガラス瓶を取り出した。ご丁寧に、空気穴まで開いている。 一部始終を呆然と見ていたボルグが、ようやく口を開いた。 「……逃がさないんだな、お前……」 「だってボルグ、見てよこの子! 小さくてキラキラしてて、すっごく可愛いじゃない! 癒される~」 ランテシアは捕まえた妖精を頬にすり寄せようとする。 「いやー! やめてください! この悪魔!人でなしのエルフ!」 「あら失礼ね。こんなに可愛いのに。そうだわ、仲間を呼んでもらって、シャンデリアにするのも素敵かも!」 「その可憐な見た目で言うセリフか! 冗談、顔だけにしろよ!」 ボルグの渾身のツッコミも、今のランテシアには届かない。彼女はうっとりと指の中の妖精を見つめ、恍惚の表情で呟いた。 「永遠に続く光って、一度手に入れたらもう手放せないんだよ。恋と一緒だな」 「た、助けてくれー! このエルフ、頭がおかしいー!」 妖精の悲痛な叫びと、ボルグの深いため息が、静かな洞窟に木霊した。 ~~~~~~~ 後の世界で、それはソーラー発電へと進化した。 人々は屋根の上に設置したパネルから、クリーンで無限のエネルギーを得られると信じている。 その中に、小さな妖精たちが閉じ込められていることなど、誰も知らない。 あなたも、もし屋根の上に上る機会があったなら、そっとソーラーパネルに耳を当ててみてください。 もしかしたら、妖精たちの助けを求める小さな声が、聞こえてくるかもしれません。 白銀の月が天頂に昇り、森の木々が深いインクのような影を地上に落とす頃、一人のエルフが手にした小さな太陽は、夜の闇を優雅に切り裂いていきます。 それは、ガラス瓶に閉じ込められた妖精の、儚い命の瞬き。 彼女、ランテシアの無邪気な笑顔を照らし出すその輝きは、永久を約束された希望の光か、それとも終わることなき束縛の証なのでしょうか。 彼女の行く末を、天空に浮かぶ星々だけが、瞬きもせず静かに見つめているのでした。 遠い未来、人々がソーラーパネルと呼ぶことになるその残酷な発明の原型が、今、ここに誕生したのです。
