1 / 25
推しを錬成(プリント)したら隣のアイツが出てきた件
「違う!違うんだ! ルナリエルの鎖骨から胸鎖乳突筋にかけてのラインは、もっとこう…聖母の慈愛と堕天使の憂いを両立させた、奇跡の角度なんだよ!」 プリマ・フィラメンティアは、自室の工房で頭を抱えていた。目の前には、彼の背丈ほどもある実物大のフィギュア。エルフ界のトップアイドル「月の歌姫」ことルナリエル様を、最新の3Dプリンタで出力した渾身の作品だ。しかし、彼の審美眼はわずかな誤差も見逃さない。 「プリマよ、いい加減にせんか。樹脂の塊に聖母も堕天使もあるかい。それより、ワシの新作『ドワーフ式全自動ビアサーバー』のテストを手伝え!」 工房の隅で金床を叩いていた相棒のドワーフ、ボルガンが怒鳴る。プリマとボルガンは一応、発明家コンビとして活動しているが、その仲はオイルと水、エルフとドワーフの伝統に則り、最悪だった。 「黙れ、ヒゲもじゃ! 君の無粋な審美眼じゃ、ルナリエルの神々しさは1ミクロンも理解できない! このフィギュアは芸術だ! 僕の愛の結晶なんだよ!」 「愛の結晶がホコリかぶっとるぞ。それより…」 ボルガンの言葉を遮り、プリマは天啓を得たように顔を上げた。 「そうだ…『魂の鋳造機(ソウル・フォージ)』を使えばいいんだ!」 それは、エルフの王族が密かに利用するという禁断の魔法3Dプリンタ。DNA情報をスキャンすることで、素材から生命そのものを「プリント」できるという代物。費用は城が買えるほど高額だが、本物のルナリエル様が手に入るなら、全財産を投げ打っても惜しくない。 「完璧な造形への探求は、終わりなき旅だよ。恋と一緒だな」 プリマはうっとりと呟き、来るべき握手会での「聖遺物(DNAサンプル)」採取計画に思いを馳せるのだった。 *** 握手会の会場は、オタクたちの熱気でむせ返っていた。プリマは長蛇の列に並びながら、心臓の鼓動が早鐘を打つのを感じていた。目的はただ一つ、ルナリエル様の髪の毛を一本、秘密裏に採取すること。 「うひょー! ルナリエル様、今日も女神ー!」 隣から、獣のような雄叫びが聞こえた。見れば、ゴブリンと見まごうばかりのずんぐりしたエルフの男が、ペンライトを激しく振っている。確か、界隈では有名な古参オタクのゴブゾウだ。プリマは鼻を鳴らし、不快感を露わにした。 いよいよ、プリマの番が来た。純白のドレスに身を包んだルナリエル様が、微笑みかけてくる。 「いつも応援ありがとう、プリマさん」 「ル、ルナリエル様…! あ、あの、ぼ、僕、一生ついていきます!」 プリマは緊張のあまり、しどろもどろになりながら握手をした。その刹那、彼は隠し持っていた極小のピンセットで、ふわりと舞った彼女の銀髪を一本、見事キャッチすることに成功した。ミッションコンプリートだ。 その夜、プリマは闇市場の仲介人を通じて「魂の鋳造機」のサービスにアクセスした。全財産と工房の権利を譲渡し、震える手で髪の毛をDNAスキャナーにセットする。 「これで…僕だけのルナリエルが…」 モニターに『プリントを開始します。完成予定:3ヶ月後』という無機質な文字が浮かび上がった。プリマは歓喜の涙を流し、気を失った。 *** そして、運命の3ヶ月後。プリマのボロアパートの前に、巨大な生命維持カプセルが届けられた。プリマは涎を垂らしながら、ハッチを開ける。 プシューッという音と共に、白い蒸気が晴れていく。中には、生まれたての生命体。それは、純白のドレスでもなく、銀色の髪でもなかった。そこに立っていたのは――。 「うひょー!」 握手会で隣にいた、あのゴブゾウだった。 「な……なんでだよぉぉぉぉぉぉ! 僕のルナリエルはどこだ! なんで汗臭いおっさんが出てくるんだよ!」 プリマの絶叫が木霊する。生まれたてのゴブゾウ(コピー)は、無垢な瞳でプリマを見つめ、おずおずと口を開いた。 「パパ…?」 「冗談、顔だけにしろよ!」 プリマは膝から崩れ落ちた。どうやら、握手会の混乱の中、採取したのはルナリエルの髪ではなく、興奮して飛び散ったゴブゾウの髪だったらしい。 プリマは失意の底で、言いようのない衝撃を受けた。彼は愛と憎しみと絶望のあまり、心臓がその鼓動を止め、静かに息を引き取った。 真夜中の空に、満月が白く輝いています。 それは、かつて一人のオタクが夢破れた夜と同じ月。 彼が追い求めた星は、手の届かない幻でした。 しかし、彼の絶望という名の土壌から、思いもよらない新しい星が芽生えたのです。 天空を渡る風が、彼の部屋の窓を静かに揺らし、残された3Dプリンタのフィラメントをカラカラと鳴らしています。 それはまるで、叶わなかった夢へのレクイエムのよう。 人生とは、時にかくも皮肉な物語を紡ぎ出すものなのでしょうか。
