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エルフとペンギンの空飛ぶ師弟日誌 ~逃げたいペンギンと縛りたいエルフ~

「さあ、飛ぶのよペンタ! もっと高く! あの綿菓子みたいな雲の頂へ!」 突き抜けるような青空の下、エルフの女戦士ペンネ・ル・グィンの快活な声が響き渡る。彼女がまたがっているのは、伝説の霊獣でも、威厳あふれるドラゴンでもない。一羽のペンギンである。 そのペンギン――ペンタは、内心で盛大に悪態をついていた。 (やかましい! これ以上高度を上げたら凍死するわ! というか翼じゃなくてフリッパーだって何回言わせるんだ! 綿菓子じゃなくてただの水蒸気だろ!) ペンタの首にはミスリル製の首輪が嵌められ、そこから伸びる革の手綱はペンネの白魚のような手に固く握られている。この手綱は、ただの命綱ではない。ペンネの意に沿わぬ行動を取った瞬間、魂を揺さぶるほどの強烈な電気ショックがペンタを襲う、恐怖の支配装置であった。 「くぅ!」 「あら、どうしたのペンタ? 喜びの雄叫び? わかるわ、空を飛ぶのは最高だものね!」 (違う! 今ちょっと進路を逸らそうと考えただけで首輪が警告を発したんだ! このエスパー首輪め!) ペンネとペンタの関係は、端的に言って絶対的な師弟関係である。もっと正確に言うなら、逃亡を企てる弟子と、それを物理的に阻止し続ける鬼教官師匠の関係だ。 ペンネは、かつて氷の大陸で出会ったペンタに空を飛ぶ才能を見出し、想像を絶するスパルタ教育を施した。崖から突き落とすのは序の口、竜巻に巻き込んで平衡感覚を養わせ、雷魔法を撃ち込んでは回避能力を叩き込んだ。その結果、ペンギンという種の限界を超越し、ペンタは大空を駆ける唯一無二の存在へと昇華したのだ。本人の意思とは全く無関係に。 「さ、ペンタ! あの街が見えてきたわ! 私の可愛い相棒が待っているはずよ!」 ペンネが指さす先には、緑の平原に佇むレンガ造りの街が見える。ペンタはわずかに速度を上げながら、心の底でため息をついた。 (可愛い相棒……あの石頭ドワーフのことか。あいつがいると、このイカレエルフの奇行がさらに加速するんだよな……) *** 街の広場でペンネとペンタを待っていたのは、案の定、岩のように頑強な体躯を持つドワーフのドルガンだった。編み込まれた立派な髭を揺らし、彼は開口一番、忌々しげに言い放った。 「ペンネ! またその哀れな海鳥を酷使しているのか。動物愛護団体に訴えられたいのか、お前は」 「失礼ね、ドルガン。これは鳥じゃないわ、私の翼よ。それに、これは酷使じゃないの。愛の鞭。揺るぎない師弟の絆の証よ」 ペンネはそう言って、ペンタの頭を優しく撫でる。ペンタはされるがままになりながら、内心で反論した。 (絆じゃなくて鎖だろ! 誰がどう見ても緊縛されてるだけだ!) 「絆、ねぇ……。その鳥の目が完全に死んでいるように見えるのは俺の気のせいか?」 「あら、これはね、長時間の飛行による瞑想状態なの。精神を統一することで、より高次元の飛行を可能にするのよ」 「都合のいい解釈をするな! ただ疲れ切ってるだけだろうが!」 いつもの口論が始まり、ペンタはそっとその場から離れようと数歩後ずさる。その瞬間、首輪がピリリ、と微かな音を立てた。ペンタは硬直し、慌てて元の位置に戻った。 「見てみなさい、ドルガン。ペンタは私のそばを離れたくないのよ。可愛いわね」 「……お前のそのポジティブさはどこから来るんだ。いっそ清々しいわ」 ドルガンはこめかみを押さえた。 ひとしきり言い合った後、三人は今回の目的であるギルドへ向かった。依頼内容は「霧深き霊峰の頂にのみ咲くという幻の薬草『月光草』の採取」。成功報酬は破格だった。 「霊峰の頂……断崖絶壁で、並の登山家では到達不可能、か。なるほど、ペンタの出番というわけね」 依頼書を読みながら、ペンネは満足げに頷く。 「あら、素敵! 山頂の澄んだ空気は、きっと魚を最高に美味しくしてくれるわ! 行きましょう、ペンタ!」 「話を聞け! 目的は薬草だ! 魚じゃない!」 ドルガンのツッコミも、ペンネの耳には心地よいBGM程度にしか届いていないようだった。 霊峰への道中、ペンネは終始ご機嫌だった。 「見て、ペンタ! この流線形のフォルム! 空気の抵抗を極限まで減らす、まさに神の設計思想ね!」 ペンネはペンタのずんぐりむっくりした体を撫でながら絶賛する。 (ただのペンギン体型だ! 断熱効果優先の脂肪だ! 飛ぶことなんて一切想定されてないわ!) ペンタの心の叫びは、もちろんペンネには届かない。 険しい山道を飛び越え、一行はあっという間に高度を上げていく。眼下に広がる絶景に、さすがのドルガンも息をのんだ。 「すごい眺めだな……」 「でしょう? ペンタの飛行技術は世界一なのよ」 ペンネは得意げに胸を張る。そして、ふと真剣な表情で手綱を握りしめた。 「でもね、ペンタの操縦はとても難しいの。力を入れすぎると墜落してしまうし、逆に緩めすぎるとすぐに逃げようとする。この絶妙な力加減が重要なのよ。……ああ、操縦は恋と一緒だな」 (それを恋と呼ぶな! 監禁と呼べ!) ペンタは魂でツッコミを入れた。 ついに、一行は霧に覆われた山頂にたどり着いた。岩肌には、月光を浴びたかのように青白く輝く、美しい花が咲き誇っていた。 「あったぞ! 月光草だ!」 ドルガンが歓喜の声を上げる。 ペンネも「わぁ、綺麗!」と声を上げたが、次の瞬間には全く別のことに興味を移していた。 「それよりドルガン! 急いで火を起こしてちょうだい! ペンタ、あなたの出番よ! この神聖な場所でいただくディナーのために、最高の魚を持ってきなさい!」 ペンネの号令に、ペンタは諦めたように懐(?)からカチカチに冷凍された立派なアジを取り出した。 「なっ!? なんでこいつが魚なんて持ってやがるんだ!?」 ドルガンの驚愕の問いに、ペンネはにっこりと微笑んだ。 「私の愛弟子だもの。主人の考えていることなんて、全てお見通しってわけよ。ね、ペンタ?」 ペンタは無言で首を横に振った。 (違う! お前が道中で「お腹すいた、魚が食べたい」って百回くらい言うから、万が一のために隠し持っていた俺の非常食だ! 返せ!) もちろん、その悲痛な叫びが二人に届くことはなかった。 結局、本来の目的であった月光草の採取はそこそこに、三人は霊峰の頂で香ばしい焼き魚の匂いを漂わせることになったのだった。 紺碧の空は、やがて星々の瞬きを映す瑠璃色の天蓋へとその姿を変えていきます。地上の喧騒を遥か眼下に置き去りにして、一人のエルフと一羽のペンギンが、風という名の見えざる絨毯の上を滑るように飛んでいきます。彼らが目指す先が、世界の果てか、あるいはまだ見ぬ伝説の地なのか、それを知る者は誰もいません。ただ、エルフの楽しげな歌声と、ペンギンのどこか不満げな鳴き声、そしてドワーフの深いため息だけが、無限に広がる大空にこだまのように溶けていくのでした。彼らの奇妙で愉快な旅は、まだ始まったばかり。夜の静寂が、新たな冒険の序曲を、静かに奏でているのです。

コメント (2)

クマ×娘 D.W
2025年10月23日 10時03分
ガボドゲ
2025年10月20日 10時10分

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