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エルフのハルウィニアと悪魔が囁くハロウィン・パイ

「うぉぉぉ!見ろゴルダ!カボチャだ!そこら中がカボチャで埋め尽くされているぞ!」 夜の闇をネオンが切り裂く街。奇妙な衣装をまとった人間たちが闊歩する喧騒の只中で、エルフの女戦士、ハルウィニアは興奮に声を弾ませた。しなやかな体にフィットした軽装鎧の上から、無理やりオレンジ色のマントを羽織っている。尖った耳の先まで喜びで震えているようだった。 彼女の隣で腕を組み、巨大な戦斧を背負ったドワーフのゴルダは、深い溜息をついた。 「ハロウィンだからな。カボチャが主役の祭りだ。それより、その辺の店の看板を剣で叩き割ろうとするのはやめろと言っているだろうが」 「これは『ジャック・オー・ランタン』という魔物を模した的だろう?討伐すれば褒美がもらえるに違いない!」 「ただの飾りだ!弁償するのは俺の財布なんだぞ!」 ハルウィニアは、人間の祭りを『魔物退治と食い倒れの祝祭』だと盛大に勘違いしていた。放っておけばテーマパークを半壊させかねない勢いだ。ゴルダの頭痛は、この街に来てから悪化の一途をたどっている。 その時、広場の中心にある噴水の上で、ひときわ大きな歓声が上がった。見れば、銀糸のような髪をなびかせた小柄な少女が、コウモリのような漆黒の翼を広げてポージングを決めている。血のように赤い瞳が悪戯っぽく輝き、見物人たちのカメラのフラッシュを一身に浴びていた。 「すごいクオリティ!あの子、マジ天使!」 「いや悪魔だろ!可愛すぎ!」 人間たちは仮装だと思って盛り上がっているが、ハルウィニアの碧眼は見抜いていた。 「ゴルダ!あれは本物だ!あの禍々しくも甘美な魔力……正真正銘のデーモンだぞ!」 「はぁ?お前の目もいよいよ節穴になったか。ただの出来のいい衣装だ。まあ、顔は確かに……」 「よし、交渉しに行くぞ!悪魔なら、この祭りの真髄たる『隠された宝』の在処を知っているかもしれん!」 「聞けよ人の話を!」 ゴルダの制止も聞かず、ハルウィニアは人波をかき分けて噴水へと突進していく。 「そこの悪魔少女よ!話がある!」 ハルウィニアの無遠慮な声に、銀髪の少女――リリスは、優雅に振り返った。 「フフフ……我の正体を見抜くとは、そなた、ただの人間ではあるまい?」 「いかにも!私は森の民、エルフのハルウィニア!単刀直入に聞くが、この地に眠るという伝説の宝、『究極のジャック・オー・ランタン・パイ』のレシピの場所を知らないか?」 「究極の……パイ?」 リリスは一瞬きょとんとしたが、すぐに悪魔らしい笑みを浮かべた。これは面白いことになりそうだ、と彼女の瞳が語っていた。 「いかとも。知っているぞ、その宝の在処を。だが、我とて易々と教えるわけにはいかぬ。汝に、その宝を手にする資格があるか、試させてもらおう」 リリスはそう言うと、ふわりと宙に浮き、テーマパークの奥にある湖を指さした。 「最初の試練は、あの湖に住まう『水底のヌシ』を驚かせること。さあ、ついてくるがよい!」 「望むところだ!」 目を輝かせるハルウィニアと、頭を抱えるゴルダを従え、悪魔少女は夜の闇へと一行を誘った。 月明かりが水面を照らす湖畔。リリスは勝ち誇ったように胸を張った。 「さあ、この湖のヌシの度肝を抜いてみせよ!」 そう言うやいなや、彼女は小さな手のひらを湖面に向け、呪文を唱えた。すると、水面が不気味に泡立ち、巨大なカボチャのお化けの幻影が咆哮と共に姿を現した。 その光景を見て、近くでボートに乗っていたカップルが歓声を上げる。 「うわっ、すげー!新しいアトラクション!?めっちゃ映えるじゃん!」 「最高ー!」 パシャパシャとスマホで写真を撮り始めるカップル。リリスの渾身の魔法は、最高のエンターテイメントとして受け入れられてしまった。 「な、なぜだ……なぜ喜んでおるのだ……」 「フッ、まだまだだな、悪魔よ。驚かせ方が甘いのだ。次は私の番だ!」 ハルウィニアは得意げに前に出ると、腰に差した細剣の柄に手をかけた。 「精霊よ、我が声に応えよ!凍てつく吐息で水面を覆い尽くせ!『アイシクル・プリズン』!」 「おい、やめろ!ただの営業妨害だぞ!」 ゴルダの叫びも虚しく、ハルウィニアから放たれた冷気が湖へと殺到した。しかし、彼女の魔法は狙いが甘かった。冷気は湖全体ではなく、ハルウィニアたちの乗る小さな手漕ぎボートだけをピンポイントで凍りつかせ、巨大な氷塊の一部として湖に固定してしまった。 「あれ?」 氷の上でツルツルと足を滑らせながら、ハルウィニアは首を傾げた。 「ふむ。宝探しは一筋縄ではいかないものだよ。恋と一緒だな」 「どの口が言ってやがるんだ!さっさと氷を溶かせ!」 結局、ゴルダが斧の柄で氷を叩き割り、なんとか脱出する羽目になった。 「もういい!試練は合格ということにしてやろう!」とリリスが半ばヤケクソ気味に叫び、一行を宝の場所へと案内し始めた。彼女が指し示したのは、テーマパークで一番人気のパンプキンパイ専門店の前だった。行列ができており、甘く香ばしい匂いが漂っている。 「さあ、着いたぞ!あれが伝説の宝だ!」 リリスがビシッと指さしたのは、店の看板メニューである『特製ホールパンプキンパイ』の写真だった。 「……店?」 「然り!この店こそ、人間界で最も美味なるカボチャの菓子を作る場所!我はこのパイが食べたくて、わざわざ魔界から転移してきたのだ!」 リリスは胸を張って言い放った。彼女の笑顔の裏に隠された秘密とは、ただこの店のパイが食べたかっただけ。しかし、人間界の通貨を持っておらず、奢ってくれる都合のいい協力者を探していたのだった。 「……つまり、俺たちはてめえのパシリにされかけたってことか?」 ゴルダの額に青筋が浮かぶ。ハルウィニアもわなわなと震えていた。 「私の純粋な冒険心を弄んだな!許さんぞ、悪魔め!」 怒りに燃えるハルウィニアだったが、その鼻腔を焼きたてのパイの甘い香りがくすぐった瞬間、ピタリと動きを止めた。 「……まあ、いいか。美味そうだ」 あまりの切り替えの早さに、ゴルダは天を仰いだ。そして、得意満面の笑みを浮かべるリリスに向き直り、心の底からの声で言い放った。 「……冗談、顔だけにしろよ」 結局、ゴルダがなけなしの金貨をはたいてパイを買い、三人はベンチに座ってそれを分け合うことになったのだった。 夜空には、まるで砕け散ったダイヤモンドを撒き散らしたかのように、無数の星々が瞬いておりました。地上では、仮装した人間たちの喧騒が、まるで遠い世界の潮騒のように聞こえてまいります。 エルフの女戦士は、最後の一切れとなったパイを巡り、小さな悪魔と熾烈なフォーク捌きを繰り広げ、その傍らでは、ドワーフが一人、深々と溜息をつきながら天を仰いでおりました。 ハロウィンの夜は、彼らの胃袋を満たし、そして財布を空にして、静かに更けていきます。 種族も、目的も、性格もまるで違う三人が織りなす、甘くて騒がしい一夜の物語。 彼らの冒険がどこへ向かうのか、それは、夜空を流れる一筋の星のみが知っているのでしょう。

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ガボドゲ
2025年11月01日 09時34分
五月雨
2025年10月31日 13時35分

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