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トゥーサイドアップが描けない戦士

「また……またなの……!」 新緑の香りが満ちるエルフの里。その一角にある瀟洒な木の家で、エルフの女戦士プロンプトニアは水晶板(スレート)を叩き割らんばかりの勢いで睨みつけていた。彼女の長い耳は悔しさでピクピクと震え、月光を編んだような銀色の髪がサラリと揺れる。 水晶板に映し出されているのは、AI画像投稿サイト『エルフの画廊(エルフ・ピクシブ)』の週間ランキング。堂々たる一位の座には、むさ苦しいドワーフのアイコンが鎮座している。名前はボルガノン。プロンプトニアが一方的にライバル視しているヒゲもじゃだ。 「なんであんな筋肉ダルマの絵が一位なのよ! 私の描く、この! 神々しいまでの美貌を持ったエルフのほうが百万倍は芸術的でしょうが!」 プロンプトニアは自分の作品一覧を開く。そこに並ぶのは、当然ながら被写体がすべて自分自身の、美麗なエルフのイラストばかり。しかし、そのどれもがランキング圏外という無慈悲な現実を突きつけていた。 「まあいいわ。今週のお題で逆転してやればいいだけの話よ。今週のお題は……」 彼女が指先で水晶板を操作すると、そこに表示された文字に絶望の色を浮かべた。 【今週のお題:トゥーサイドアップ】 「で、出たわねぇえええええ!」 プロンプトニアは頭を抱えて床を転げまわった。トゥーサイドアップ。ここ最近、なぜか運営が執拗に推してくる謎の髪型。そして、プロンプトニアが天地がひっくり返っても生成できない、呪いの髪型でもあった。 「なんでよ! なんでトゥーサイドアップなのよ! ツインテールじゃダメなの!? ポニーテールじゃ不満なの!? そもそもトゥーサイドアップってなんなのよ!」 『prompt: 1elf girl, masterpiece, best quality, beautiful detailed eyes, silver hair, two side up hairstyle』 生成ボタンを押して数秒。表示されたのは、可愛らしいツインテールのエルフ。 「ちっがーう! そうじゃない!」 『prompt: hair gathered and tied at both sides of the head』 次に現れたのは、頭の両サイドから申し訳程度の毛束が飛び出した、寝ぐせにしか見えないエルフ。 「誰が寝起きを描けって言ったのよ!」 『prompt: a perfect hairstyle with hair up on two sides』 今度はなぜか、頭の両側から巨大な角のようなものが生えたエルフが生成された。もはや髪ですらない。 「もうイヤ! このAI、絶対にドワーフに買収されてるわ! 私の美を正しく認識できないなんて、ポンコツよ!」 わめき散らしていると、水晶板にメッセージ着信の通知が光る。送り主は、忌々しいボルガノンだった。 『長耳、またお題で頭を抱えている頃か? 貴様のそのツルツルの脳みそでは、複雑なプロンプトは組めんだろうな。ワッハッハ!』 「なっ……!なんですってぇええ!」 プロンプトニアは憤怒の形相で返信を打ち込む。 『うるさいわね、ヒゲもじゃ! アンタこそ、その汚いヒゲをAIで生成してみなさいよ! きっとタワシか何かと認識されるわよ!』 『俺のヒゲは神が編み上げた至高の芸術だ。AIごときに再現できるか! それより、俺の新作を見るがいい』 添付されていた画像を開くと、そこには完璧なトゥーサイドアップの髪型で、力強く戦斧を構えるドワーフの少女が描かれていた。背景の作り込み、光の表現、どれをとっても一級品だ。 「ぐぬぬぬぬ……!」 プロンプトニアは水晶板を放り投げ、憂さ晴らしに街へ繰り出した。馴染みのカフェのカウンター席にどっかりと腰を下ろし、エルダーベリージュースを注文する。 「はぁ……。トゥーサイドアップは誰の趣味やねん。出過ぎだっつーの」 ぶつぶつと呟く彼女に、ゴブリンのマスターが声をかけた。 「お嬢さん、またAIかい? そんなに難しいのかい、その……つーさいどなんとかってのは」 「トゥーサイドアップよ! もう、AIの学習って本当に気まぐれなんだから。恋と一緒だな」 プロンプトニアはふてくされたようにジュースをすする。恋もAIも、彼女にとっては思い通りにならないものの代名詞だった。 彼女は再び水晶板を取り出し、やけくそでプロンプトを打ち込み始めた。 『prompt: a beautiful elf warrior, me, silver hair, forest, sunlight, dynamic pose, wind blowing strongly from below, two cute birds are surprised and nesting on her head, masterpiece, cinematic lighting』 (もう髪型なんてどうでもいいわ! 私の美しさと、ついでに鳥でも乗せておけば芸術っぽく見えるでしょ!) 半ば投げやりで生成ボタンを押す。数秒のローディングの後、画面に表示された画像に、プロンプトニアは目を見開いた。 そこにいたのは、下からの強い風を受けて髪をダイナミックに舞い上がらせ、その偶然舞い上がった両サイドの髪の上に、驚いた顔の小鳥がそれぞれ一羽ずつ、ちょこんと乗っているプロンプトニア自身の姿だった。 風で持ち上がった髪と、そこに留まる小鳥。その構図は、奇跡的に「トゥーサイドアップ」のように見えなくもなかった。 「こ、これよ……! これだわ! 天才的なひらめき! これぞ芸術的解釈によるトゥーサイドアップよ!」 興奮して立ち上がるプロンプトニア。その奇行に、マスターは呆れ顔だ。 「お嬢さん、そりゃどう見ても髪じゃなくて鳥が頭に乗ってるだけだぜ? 髪型じゃねえ」 プロンプトニアは彼の言葉など意にも介さず、意気揚々とその画像を『エルフの画廊』に投稿した。タイトルは『風と鳥が織りなす髪型のシンフォニア』。コメントには「固定観念に囚われない、自由な解釈もまた一興ですわ」と書き添えて。 意外にもその作品は「斬新すぎる」「その発想はなかった」と一部で評価され、そこそこの「いいね」を獲得したのだった。 「ふふん。まあ、今回はこれで許してあげるわ!」 ランキングの順位は結局ボルガノンに及ばなかったが、プロンプトニアは満足げに鼻を鳴らした。 紺碧の夜空が、やがて来る黎明の気配を吸い込んで瑠璃色に染まる頃、エルフの戦士は静寂の森を歩いておりました。 水晶の板に映る幻影との戦いを終えた彼女の心は、まるで嵐の去った後の湖面のように、穏やかな静けさを取り戻しております。 梢を揺らす風の音は、デジタル世界の喧騒を洗い流す優しい子守唄のようで、無限に広がる星々の瞬きは、彼女が追い求める『完璧な一枚』への道標のようにも見えます。 彼女の指先が次に紡ぎだす幻想は、果たして神の気まぐれか、あるいは演算の奇跡か。 答えは、夜明けを運ぶ風の中。世界で最も美しいと信じて疑わない彼女の、その長い耳だけが、未来のプロンプトの囁きを聞いているのかもしれません。

コメント (3)

五月雨
2025年11月04日 13時04分
BBぼるてっくす
2025年11月04日 06時54分
ガボドゲ
2025年11月04日 02時33分

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