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疾風のエルフは鉄の馬に跨る! ~馬がない? ならチャリでいいじゃない~

エルフの森に生まれながら、私が焦がれるのは弓でも魔法でもなく、ただ一つ。王国騎士団が誇る、栄光の騎馬隊であった。 風を切り、大地を蹴って戦場を駆けるその姿。ああ、なんというロマン! なんという躍動感! 「いい加減にしろ、ペダリア。お前はただ目立ちたいだけだろうが」 私の壮大な夢を、隣で斧を磨くドワーフのガンロックが鼻で笑う。こいつは私の相棒ということになっているが、口を開けば悪態ばかりの、ただの頑固なヒゲオヤジだ。 「なによ、騎馬隊の栄光が、アンタみたいな地底人にわかってたまるもんですか! 白銀の鎧を纏い、純白の駿馬に跨って敵陣を突破する! 考えただけで鳥肌が立つわ!」 「お前が乗ったら馬の背骨が折れる。」 「なんですってぇ!」 口喧嘩は日常茶飯事。だが、私の決意は岩よりも固い。そして、ついにその日は来た。騎馬隊の隊員募集の告知が張り出されたのだ。 「見てなさいガンロック! 私は必ず、騎馬隊の星になってみせるんだから!」 入隊試験当日。剣術、弓術、体力測定。いずれもエルフの身体能力をもってすれば、造作もないことだった。問題は最後の面接だ。 「ペダリア・サイクルウィンド殿。君の身体能力は素晴らしい。だが、騎馬隊は馬と心を通わせることが最も重要だ。君に、その覚悟はあるかね?」 目の前に座る隊長のエルドリッジ・シルヴァリオン様は、彫刻のように美しい顔で、しかし射抜くような鋭い目で私を見ている。 「もちろんです! 私は、この世の誰よりも馬を愛しております! 馬と語らい、馬と眠り、三度の食事も馬と共に摂る所存です!」 「……食事は別々で頼む」 私の熱意に若干引いているようだったが、隊長は腕を組んでうなった。 「うーむ…今年の志願者は例年になく少なく、君の身体能力は惜しい…。よし、特例を認めよう。自前で軍馬を一頭、用意できるのなら、君の入隊を許可する」 「じ、自前の…馬…」 まずい。我が家に馬などいない。森のエルフにとって馬は贅沢品であり、移動はもっぱら徒歩なのだ。しかし、ここで引き下がっては女が廃る! 「はっ! お任せください! 我がサイクルウィンド家に代々伝わる伝説の名馬、『ペガサス』がおりますれば!」 私は胸を張り、人生最大の大嘘をついた。 「どうしよう……」 意気揚々と合格通知を握りしめて帰宅したものの、我が家にいるのは森で拾ったリスだけだ。「ペガサス」などという大層な名前の生き物は影も形もない。 途方に暮れて家の裏庭に出ると、そこには妹のリリィベルが何やら銀色に輝く奇妙な機械を磨いていた。 「リリィベル、それは何?」 「あ、お姉ちゃん。これ? これは『自転車』よ。王都の女学園まで通うための、私の新しい足! 見て、最新式の電動アシスト付きで、変速ギアも12段もあるのよ! これさえあれば、どんな坂道だってラクラクなんだから!」 リリィベルは得意げに、二つの車輪がついた機械の、よくわからない部分を指さして説明する。 ふむ……じてんしゃ。電動アシスト。12段変速。 よくわからないが、なんだかすごいものらしい。そして何より、跨って乗る形式だ。 「……リリィベル、それは速いのか?」 「当たり前でしょ! 私が本気を出せば、そこらの馬車なんて目じゃないんだから!」 その瞬間、私の頭に稲妻が落ちた。 これだ。これこそが、我が家の『ペガサス』にふさわしい! 翌朝。リリィベルの絶叫が森中に響き渡った。 「きゃーっ! 私の愛車『ブリヂストン号』がないーっ!」 その頃、私は銀色に輝く鉄の馬――本日より改め『ペガサス号』に跨り、意気揚々と騎士団の練兵場へと向かっていた。 ◇ ずらりと並んだ屈強な軍馬たち。いななき、ひづめの音、むせ返るような馬の匂い。その中に一台だけ、私のペガサス号は異様な静けさで佇んでいた。 「……ペダリア隊員」 隊長のエルドリッジ様が、眉間に深い渓谷を刻みながら近づいてくる。 「説明してもらおうか。君が言っていた、伝説の名馬『ペガサス』とは、その鉄の塊のことかね?」 「はい! これぞ我が家に伝わる、ドワーフの秘術とエルフの叡智を結集した最新式の魔導機械馬(ゴーレムホース)、ペガサス号であります!」 「俺たちドワーフは、そんなふざけたもんは断じて作らんぞ!」 いつの間にか来ていたガンロックが、背後から怒鳴る。 「黙れ短足ヒゲ! これは選ばれしエルフにしか乗りこなせない、特別な機体なのだ!」 隊長は巨大なため息をついたが、入隊許可を出した手前、今更なかったことにもできないらしい。私の騎馬隊(仮)生活は、こうして幕を開けた。 最初の試練は、山岳地帯での長距離行軍訓練だった。 鬱蒼とした森を抜け、目の前に立ちはだかるのは、天に続くかのような急な上り坂。屈強な軍馬たちも、荒い息を吐き、汗をだらだらと流して歩みを鈍らせていく。 その時だった。 ウィィィン……。 静かだが確かなモーター音を響かせ、一台の銀色の機体が、馬を休ませる隊員たちの横を涼しい顔ですり抜けていく。 「隊長ーっ! お先に頂上で待ってまーす!」 汗ひとつかかず、ペダルを軽々と回しながら坂を登る私に、誰もが呆然としていた。 (ふふん、電動アシスト最高! ていうか、この坂道を登り切った達成感は、初恋の成就と一緒だな!) 心の中でガッツポーズをした瞬間、ぜえはあ言いながら追いついてきたガンロックが吠えた。 「それは電動アシストのおかげだろうが! そもそも馬ですらねえだろ! 冗談、顔だけにしろよ!」 その日の午後、事態は急変した。敵国オークの斥候部隊と遭遇したのだ。 「敵襲! 全員、迎撃用意!」 険しい山道、狭い林間での乱戦。馬では思うように動けない。だが、私のペガサス号は違った。 「行くわよ、ペガサス号! ターボモード!」 私はアシストを『強』モードに切り替え、ハンドルを握りしめた。 オークたちが度肝を抜かれたのも無理はない。エルフの女戦士が跨る銀色の何かは、音もなく木々の間をすり抜け、信じられない角度で急旋回し、矢を放っては矢のような速さで離脱していくのだ。 「な、なんだあの銀色の魔物は!?」 「静かすぎる! 早すぎる!」 私は12段変速を駆使して緩急をつけ、オークたちを翻弄した。ペガサス号は馬と違って疲れないし、餌もいらない。必要なのは、たまに魔法石で充電してやることだけだ。 この日を境に、敵国で奇妙な噂が流れ始めた。 エルフの王国には、『坂道の銀色悪魔』と呼ばれる恐るべき騎兵がいる、と。 白昼の喧騒が遠ざかり、世界が静寂の吐息をもらす頃。 見上げる空には、薄絹を引いたような雲が流れ、はるか高みを目指す鳥の影が、点となって消えていきます。 銀色の鉄馬に跨るエルフの女戦士、ペダリア・サイクルウィンド。彼女がペダルをひと漕ぎする時、それは新たな伝説への序曲となるのです。 故郷の森を吹き抜ける風の囁きか、あるいは遠い戦場の鬨の声か。彼女の耳に届くのは、チェーンの奏でる心地よい金属音だけなのかもしれません。 明日の戦いが、どのような結末を迎えようとも、彼女は走り続けるのでしょう。まだ見ぬ地平線の、その先へと続く道を。

コメント (6)

ガボドゲ
2025年09月20日 13時46分
五月雨
2025年09月20日 13時24分
へねっと
2025年09月19日 23時16分
小山内 倫悟
2025年09月19日 22時48分
もぐっちー(mogucii)
2025年09月19日 22時30分
BBぼるてっくす
2025年09月19日 16時52分

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いいねコメントありがとうございます。忙しくなって活動を縮小しています。返せなかったらすみません。

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