1 / 26
隠密エルフは露出過多!? ~ビキニアーマーの必然性~
月明かりだけが頼りの深い森の中、二つの影が潜んでいた。 一人は岩のようにどっしりと構えるドワーフの戦士、ボルガン。そしてもう一人は、闇に溶け込む……どころか、月光を反射してキラキラと輝いてしまっているエルフの忍者、シノビ・エルフィンだった。 「おい、シノビ」 ボルガンが地の底から響くような低い声で、隣のエルフに呆れ顔を向けた。 「なんだその格好は。我々はこれから悪代官の屋敷に潜入するんだぞ。忍ぶ気というものを母親の胎内に忘れてきたのか?」 ボルガンの視線の先には、忍びの証である黒い頭巾と覆面で顔を隠したシノビの姿。しかし、その下は驚くべきことに、申し訳程度の金属パーツがついた黒いビキニアーマーだった。すらりと伸びた手足、白い肌、エルフ特有の美しい肢体が惜しげもなく晒されている。闇夜においては、白い肌が悪目立ちする夜光塗料のようだった。 「もう、ボルガンはセンスがないんだから。これが最新の隠密戦術『月光乱反射(ルナティック・リフレクション)』よ。敵の目をくらませる高等技術なの」 シノビは胸を張り、ビキニアーマーの金属部分を指で弾いた。カチン、と軽い音が森に響く。 「ただの乱反射じゃないか! カモフラージュの基本は闇に溶け込むことだ! なぜ自ら発光していくんだ! それに、どう見ても防御力が皆無だろうが!」 「甘いな、ボルガン。忍びの戦いは、防御力より機動性。わかる? この極限まで布面積を減らしたデザインは、空気抵抗を限りなくゼロに近づけ、私の神速の動きをさらに加速させるためのものなのよ」 「その理屈だと全裸が最強になるだろうが!」 シノビは人差し指を立て、したり顔で続けた。 「それに、機能より見た目を重視するのは当然でしょ? 任務っていうのは舞台。忍者はその主役。主役がみすぼらしい格好をしていたら、お客さん……つまりターゲットがガッカリしちゃうじゃない」 「誰を喜ばせるための任務だ! そもそも顔を隠しているのに、下が水着だとバランスがおかしいだろうが! 違和感の塊だ!」 ボルガンの怒声にも、シノビは全く動じない。 「ふふん。顔を隠すのは、私のあまりの美貌で敵が戦意を喪失しないようにっていう優しさ。でも、全身を隠したら私の魅力が伝わらない。だから、このボディで敵を油断させる。これぞ緩急をつけた完璧な戦術よ」 「お前の頭の中はどうなっているんだ……」 ボルガンはこめかみを押さえ、深いため息をついた。このエルフと組んでから、彼の胃は常にキリキリと痛んでいる。 悪代官の屋敷は、高い塀と堀に囲まれた難攻不落の砦だった。 「よし、俺が塀の石垣を数カ所抜いて足場を作る。お前はそれを使って静かに登れ」 「まどろっこしいわね。私にいい考えがある」 シノビはそう言うと、どこからか取り出した鉤縄を振り回し始めた。 「えいっ!」 気合と共に放たれた鉤縄は、しかし、狙いとは全く違う方向へ飛び、屋敷の屋根に設置されていた警報用の鐘にカーン! と高らかに命中した。 ゴオオォォォン……! 静寂を切り裂く鐘の音に、屋敷内が一斉に騒がしくなる。 「敵襲ー! 敵襲ー!」 「何をやっているんだ、この大馬鹿エルフが!」 「あちゃー、ちょっと手が滑っちゃった。てへぺろ」 「てへぺろで済むか!」 もはや隠密行動は不可能。二人は真正面から屋敷に突入する羽目になった。 「おのれ、曲者め!」 屈強な用心棒たちが、次々と斬りかかってくる。 ボルガンが自慢の斧で敵を薙ぎ払う一方、シノビはひらりひらりと舞うように攻撃を避けていた。 「どう? 私の動き、速いでしょう? これもビキニアーマーのおかげよ」 「寒い! 寒い! エルフは寒さに弱いって知ってるでしょ! 早くしないと凍えちゃう!」 数分後、彼女はガタガタと震えながら叫んでいた。 「自業自得だ!」 なんとか用心棒たちを蹴散らし、二人は代官のいる部屋へとたどり着いた。 「な、何奴だ!」 肥え太った悪代官が、震えながら二人を睨む。その隣には、屈強な鎧武者が静かに佇んでいた。この屋敷最強の用心棒だろう。 「ボルガン、あれは私がやるわ」 「よせ、相手は手練れだ。まともな鎧も着ていないお前では……」 ボルガンの忠告を無視し、シノビは鎧武者の前に躍り出た。 「か弱いエルフが一人で来るとは、死に急ぎおったか」 鎧武者が巨大な刀を振りかぶる。絶体絶命のピンチ。 しかし、シノビは慌てず、おもむろにポーズを決めた。 「私の美しさに、ひれ伏しなさい!」 ビキニアーマーが月光に照らされ、妖しく輝く。鎧武者は一瞬、その常識外れの光景に呆気に取られた。 「な……なんだ、その格好は……?」 シノビはその隙を見逃さなかった。 「一点突破は戦いの基本だよ。恋と一緒だな」 呟くと同時に、彼女は懐から取り出したマキビシならぬ「ぷるぷるスライム」を足元にばらまいた。鎧武者は驚き、体勢を崩してスライムを踏みつける。 「ぬおっ!?」 ツルン! と足を取られ、鎧の重さも相まって派手に転倒した。その衝撃で、意識を失ってしまったらしい。 「……」 ボルガンも悪代官も、あまりの出来事に言葉を失っている。 「ふう、私のセクシー忍法にかかれば、どんな敵もイチコロよ」 シノビが勝ち誇ったように言う。 ボルガンは、額を抑えながら悪代官を縛り上げた。作戦はめちゃくちゃだったが、結果的に任務は成功した。もはや何も言う気力もなかった。 任務を終え、二人は屋敷の屋根の上で夜風に吹かれていた。 「ふう、今回も私の完璧な作戦で楽勝だったわね」 シノビは満足げにそう言うと、顔を隠していた覆面と頭巾を外した。長い白銀の髪が月光を浴びて、サラサラと流れる。 現れたその顔は、エルフならではの神々しいほどの美貌だったが、潜入時の戦闘でついた泥や葉っぱが頬にべったりと付着していた。本人は全く気づいていないのか、キリッとしたキメ顔をしている。 それを見たボルガンは、疲れ切った声で、本日最大のため息をついた。 「……お前の作戦はいつも穴だらけだ。全く……冗談、顔だけにしろよ」 そのツッコミが聞こえたのかいないのか、シノビは夜空を見上げて、小さく笑うだけだった。 夜の帳が、深い藍色のビロードとなって街を包み込んでおりました。 銀盤のような月は、その冷たい光で屋根瓦の一枚一枚を磨き上げ、まるで天上の宝石箱をひっくり返したかのように、無数の星々が瞬いております。 風は、過ぎ去った戦いの熱を優しくさらう口づけのように、二つの影の頬を撫でていきます。 一人は大地のように揺るがぬドワーフ、もう一人は月光を浴びてなお輝くエルフ。 決して交わることのない地平線と夜空のように、彼らの心が一つになることはないのかもしれません。 しかし、今はただ、同じ月を見上げ、次なる任務の夜明けを静かに待っているのでした。
