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『エルフの弔いはゴーストビールで』

戦火の残り香が、鼻をつく。 つい半刻ほど前まで激しい鬨の声と断末魔が響き渡っていた街は、今や不気味な静寂と、燻る煙に支配されていた。半壊した教会の庭で、エルフの戦士、レイシアは瓦礫と化した天使の石像に腰掛け、無遠慮にビール瓶を呷っていた。彼女の白金の髪は煤で汚れ、芸術品のように整った顔には返り血の跡が乾いている。 「おい、レイシア。指揮官が野営地に戻れとさ。呑気なもんだな、お前は」 背後から現れたのは、相棒のドワーフ戦士ボルガンだった。その名の通り岩塊のような体躯に、編み込まれた赤茶の髭がトレードマークだ。彼の手にも戦利品であろうビール瓶が数本ぶら下がっている。 「しーっ。静かにして、ボルガン。今、弔いの儀式の真っ最中なんだから」 レイシアは人差し指を口元に当て、芝居がかった仕草で空を見上げた。その碧い瞳は、戦の煙が混じる空のどこか一点を、切なげに見つめている。 「儀式だぁ? 酒飲んでるだけじゃねえか」 「これはただの酒じゃない。魂を鎮めるための聖水よ」 レイシアは天高くビール瓶を掲げ、厳かに告げた。 「お弔いさ。あいつらの魂に、献杯」 琥珀色の液体が、彼女の喉へと滑り落ちていく。その姿は、一枚の絵画のように悲壮で、そして美しかった。 ボルガンが呆れ混じりに尋ねる。 「あいつらって、誰のことだ。この戦で散った仲間たちか?」 「ううん……」 レイシアはゆっくりと首を横に振る。目にうっすらと涙の膜が張っているように見えた。 「目に浮かぶのは……かつての戦友の魂か、それとも……私を置いて先に逝ってしまった、愛しい恋人か……くっ……思い出したら涙が……」 「一滴も出てねえぞ」 「心の目で泣いてるの! ドワーフの濁った目には見えないかもしれないけど!」 「そうかよ。で、お前、恋人いた事ないだろ」 ボルガンの無慈悲な一言が、感傷的な空気を木っ端微塵に破壊した。 レイシアはきょとんとした顔で数秒固まった後、ぱちぱちと瞬きをした。 「あ、そうだった。てへ」 「てへ、じゃねえよ。そもそも戦友だってお前、単独行動が好きでほとんどいなかったじゃねえか。いつも『私は孤高なの』とか言ってただろ」 「失礼な! 私だって人付き合いはする! この前だって、ほら、酒場の店主と熱く語り合ったじゃない!」 「お前が溜まりに溜まったツケの支払いで揉めてただけだろうが。あれを語り合いと呼ぶなら、俺たちの今の関係は熱愛だな」 「やだ、気持ち悪い」 レイシアは心底嫌そうな顔で身震いした。 「むー……」 彼女は再びビールを一口飲み、考え込む。 「じゃあ、今私の瞳に映っている、この無数の魂たちは一体……?」 もちろん、ボルガンには何も見えない。レイシアにすら見えていないだろう。ただの酔っぱらいの妄言だ。しかし、彼女の中では物語が着々と進行しているらしい。 「……そうか!」 レイシアはポンと手を打った。 「分かったわ! これは、私が今まで斬り捨ててきた敵の亡霊(ゴースト)たちよ!」 「はぁ? いよいよ幻覚が見え始めたか。さっさと寝ろ」 「見て! 彼らが私に何かを訴えかけている……『なぜ殺した』『我らの命を返せ』って……!」 レイシアは急にシリアスな顔つきになり、誰にも見えないゴーストたちに向かって語りかけた。 「怨むなよ、ゴーストたち。戦場では誰もが駒。生きるために殺す、ただそれだけのこと。明日は我が身さ。違いない」 彼女はそこで言葉を切ると、ふっと自嘲的な笑みを浮かべた。 「でも、もし生まれ変わったら、今度は花にでもなるといい。私みたいに可憐な」 「どの口が言うか。だいたいお前、さっきの戦闘、一番後ろの高台から広範囲魔法をぶっ放してただけじゃねえか。剣なんて抜いてもいないだろ」 「援護射撃は戦の華だよ。主役を引き立てる最高のスパイス。恋と一緒だな」 「どこがだよ!? お前の無差別攻撃のせいで、俺たちの部隊まで危うく黒焦げになるところだったんだぞ!」 「あら、ごめんなさい。私の強力すぎる魔力の前に、敵も味方もなかっただけよ。不可抗力だわ」 「それをただの誤射って言うんだよ!」 ボルガンが怒鳴っている隙に、レイシアは彼が持っていたビール瓶の一本をひょいと奪い取った。 「あ、ボルガンのビール、泡がクリーミーで美味しそう。ドワーフの秘蔵酒?」 「おい! それは俺が隊長の天幕からこっそり拝借してきた年代もんだぞ! 返せ!」 ボルガンの制止も聞かず、レイシアは王冠を親指で弾き飛ばし、豪快に呷る。 「ぷはーっ! ……うん、まずい! さすがドワーフの味覚! 土でも混ぜてるの?」 「まずいなら飲むな! このクソエルフ!」 「あら、褒め言葉として受け取っておくわ。あなたに味覚を褒められても嬉しくないもの」 取っ組み合いになりかけるが、互いに疲労困憊の体では、もはやじゃれ合いにしか見えない。 「ったく、お前みたいな自分勝手でわがままなエルフと組まされた俺の身にもなれ。毎度毎度、胃に穴が開きそうだ」 ボルガンはついに諦めて、自分の分のビールを開けた。 「あら、感謝してほしいくらいだわ。あなたみたいな石頭で頑固で短気でちんちくりんなドワーフ、私以外に誰が相棒になってくれるって言うの? 私の慈悲深さに感謝しなさい」 「その減らず口、いつかその綺麗な顔ごと叩き割ってやるからな」 「あら怖い。冗談、顔だけにしろよ」 「それは俺のセリフだ! お前のその澄ました顔が一番冗談みてえなんだよ!」 ひとしきり罵り合った後、二人の間に奇妙な沈黙が流れた。燃え盛る教会の尖塔が、パチパチと音を立てて崩れ落ちる。 「でもさ、ボルガン」 レイシアが、不意に真顔で呟いた。 「なんだよ、気色悪い」 「なんで教会って、こんなに燃えやすいんだろうね?」 「……木でできてるからだろ。古い木材は乾燥してるしな」 「ギャハハハハハハ!」 レイシアが腹を抱えて笑い出した。つられて、ボルガンも喉の奥から低い笑い声を漏らす。 「グハハハハ! なんだそりゃ!」 「だって、木だから燃えるって! 当たり前じゃない! ギャハハ!」 「お前が聞いたんだろうが!」 完全に酔いが回ったエルフとドワーフは、燃え落ちる教会を背景に、ただただ笑い合っていた。恋人の幻も、敵のゴーストも、戦いの恐怖も、今はもうどうでもよかった。明日死ぬかもしれない命なら、せめて今、笑い飛ばしてやろう。そんな破れかぶれの陽気さが、二人を包んでいた。 戦火の煙が夜霧に溶け、地上から全ての色彩が奪われる頃、空には無数の星々が瞬き始めます。それはまるで、砕け散った神々の宝石を、漆黒のビロードの上に撒き散らしたかのようでございます。 燃え尽きた教会の巨大な骸が静かに横たわるその庭で、笑い疲れた二つの影が、互いの体温を分け合うでもなく、ただ無防備に眠りについておりました。 エルフとドワーフ。決して交わることのない種族と言われながら、今は同じ酒精の夢路を彷徨っております。彼らの見る夢は、明日を生きるための束の間の安らぎか、それとも、ただの酔狂が見せる泡沫の幻か。 夜風が運ぶ灰の匂いだけが、彼らがまだ戦場にいるという現実を、静かに告げているのでございます。

コメント (5)

ガボドゲ
2025年10月30日 11時22分
BBぼるてっくす
2025年10月28日 15時58分
五月雨
2025年10月28日 13時42分
へねっと
2025年10月28日 06時59分
小山内 倫悟
2025年10月27日 21時10分

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いいねコメントありがとうございます。忙しくなって活動を縮小しています。返せなかったらすみません。

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