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かぼちゃパンツは正義の証! 消えたブラを追え!
「ない! ない! なーい! 私の! 愛しの! かぼちゃブラがないじゃないのぉぉぉぉっ!」 中世ヨーロッパ風の木組みの家が並ぶ街の中心で、エルフの女戦士パンプキネラは絶叫した。銀色のツインテールを振り乱し、その豊満な胸は今、無防備にも手で隠されているだけだ。肩と腕にはいかつい鎧を装着しているが、体の中心部分はハロウィン柄のパンツ一丁という、あまりにもアンバランスな格好だった。 「うるせえな、朝っぱらから。そんなもん、どっかに落ちてんだろ」 隣でうんざりした顔をしているのは、相棒のドワーフ、ギムレットだ。ずんぐりむっくりした体で、パンプキネラの奇行にはもう慣れっこだった。 「ただのブラじゃないわ! かぼちゃパンツと対になる、ソウルメイトよ! パンツだけなんて、王様のいない王国、エンジンのないスポーツカーと一緒! 意味がないの!」 「やかましいわ。とにかく、次の依頼先に行くぞ。こんな往来でトップレスで騒ぐな、風紀が乱れる」 「このブラを見つけるのが最優先依頼よ! 報酬は私のスマイルでどう?」 「いらんわ! 大体、お前のせいでいつも依頼がむちゃくちゃに…」 「いいから行くわよ、ギムレット! 絶対に見つけ出すんだから! 私のかぼちゃブラを盗んだ不届きな輩には、神々の鉄槌を下してやるわ!」 そう言って、パンプキネラは胸を手で隠したまま、自信満々に街を駆け出した。その後ろを、ギムレットは大きなため息をつきながら、重い足取りで追いかけるのだった。 「というわけで、何か知らないかしら? オレンジ色で、かぼちゃの柄で、とってもキュートな布切れなんだけど」 パンプキネラたちが次に向かったのは、なぜか王立魔法学園の教室だった。情報を集めるなら若者が集まる場所、という彼女の短絡的な発想の結果である。教壇の前に立ち、授業そっちのけで生徒たちに聞き込みをするパンプキネラ。もちろん、格好はトップレスのままだ。生徒たちは目のやり場に困り、教師は気絶している。 「あの…エルフのお姉さん…どうしてそんな格好で…」 おずおずと質問した男子生徒に、パンプキネラはキリッとした顔で答えた。 「これは捜査よ。失われた魂の片割れを探す、聖なるクエストなの。手掛かりはどんな些細なことでもいいの。昨日の夜、空飛ぶかぼちゃを見なかった?」 「い、いえ、見てません…」 「そう…。真実っていうのは、なかなか姿を見せてくれないものなのね。掴みどころがないのは、恋と一緒だな」 一人で納得したように頷くパンプキネラ。その姿に、ギムレットはこめかみをピクピクさせながら、教室の隅で頭を抱えていた。こんな茶番に付き合わされている自分の身の上を呪うしかなかった。結局、学園では何の手掛かりも得られず、二人はつまみ出された。 数々の珍道中を経て、二人はついに怪しい情報を掴んだ。「あらゆる盗品が集まる」と噂の、魔王カボチャックの城にたどり着いたのだ。城門では、ジャック・オ・ランタンの頭を持つ巨大な魔物が、一人の女性を人質に取っていた。 「来たな、冒険者ども! この城の宝が目当てか!」 「宝なんてどうでもいいわ! 私のブラを返しなさい、このかぼちゃ泥棒!」 「ブラだと!? 我が名は魔王カボチャック! そんなものを盗むほど落ちぶれてはおらんわ!」 パンプキネラのあまりに個人的な要求に、魔王も人質の女性も呆気に取られている。 「しらを切る気ね! 同じかぼちゃを愛する者として、その独占欲は許せないわ! あなたのそのカボチャ頭も、私のブラのデザインをパクったんでしょう!」 「言いがかりだ!」 「問答無用! 覚悟しなさい!」 怒りに燃えるパンプキネラは、目にもとまらぬ速さで魔王に斬りかかった。その剣技は本物で、ブラ探しで溜まった鬱憤を晴らすかのような猛攻に、魔王カボチャックはあっけなく地面に崩れ落ちた。 「やったわね! これでブラが戻ってくる!」 大喜びするパンプキネラ。その横で、ギムレットが倒れた魔王の体を検めながら、わざとらしく言った。 「こいつ、思ったより大したことなかったな。お前のトップレス姿に驚いて、力を出せなかったんじゃないか?」 「それ、どういう意味よ!」 「どういう意味でもねえよ。冗談、顔だけにしろよ」 ギムレットは吐き捨てるように言うと、自分の背負っていた大きな袋を地面に下ろした。その拍子に、袋の口から何かがポロリとこぼれ落ちる。 それは、オレンジ色の布切れ。まさしく、パンプキネラが血眼になって探していた、かぼちゃ柄のブラだった。 「…………ギムレット?」 パンプキネラの笑顔が凍りつく。 「あ…いや、これは…その…」 ギムレットが慌てて隠そうとするが、もう遅い。彼は懐からおもむろに最新式の魔道具(スマートフォン)を取り出した。その画面には、『トップレスエルフの冒険日誌☆月額有料会員サイト』という文字がデカデカと表示され、そこには数々のパンプキネラの写真が掲載されていた。 「お前だったのね…」 「ち、違う! これはだな、冒険の資金を稼ぐためのだな…高潔なビジネスで…」 「ギムレーーーーットォォォォォ!」 その日、魔王の城には、野太いドワーフの悲鳴がいつまでも響き渡っていたという。 遥か天空の彼方、神々の吐息が創り出したかのような純白の雲が、ゆったりと流れていきます。 魔王の城と呼ばれた場所には、今は静寂だけが満ち、壁に残る傷跡だけが、つい先程まで繰り広げられていたであろう、壮絶にして、あまりにも個人的な戦いの記憶を物語っているかのようです。 一件落着、というにはあまりにも奇妙な結末を迎えた冒険の旅。 一人のエルフは、失われた半身を取り戻し、その完璧なスタイルを世界に再び示しました。 そしてもう一人、矮小なるドワーフは、一攫千金の夢破れ、今はエルフの足元で金色の縄に縛られております。 彼らの旅は、これからも続くのでしょう。 一人は世界の平和のため、そしてもう一人は、新たなビジネスチャンスを虎視眈々と狙いながら。 夜の帳が下りる前の、どこまでも青い空の下、二つの影は小さく、そしてどこか滑稽に揺れているのでした。
