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【ドライブ】意地悪な親友と過ごす連休
「さてトラさん、そろそろ目的地だ。ほら、海が綺麗だろ」 ハンドルを握るマキちゃんがいつものような笑顔で告げた。確かに右手には夕日を反射する海が見えており、美しくキラキラと輝いている。 「あのねマキちゃん。海は綺麗だし、マキちゃんの運転も上手だけど。そもそもの話、私どこに連れて行かれてるの?」 「おいおい、世間はGWなんだよ?君の会社『イブツール』だって明日から連休じゃないか。秘書君に聞いたら特段予定も詰めてないときたもんだ。そこまで条件が揃えば、バケーションに誘うだろう?」 そう、マキちゃんは突然仕事終わりの私の前に車で現れ、私を助手席に乗せてドライブとしゃれこみ始めたのだ。目的地も分からず、会社から自宅にも戻ってないから仕事用のバッグしか持ってない。それでバケーションとは随分ふざけた話だ。 「あのね、事前に連絡くらいできるでしょう。もし今夜私が何か予定を入れていたらどうするつもりだったの」 「事前連絡は秘書君に入れておいたんだがねェ。『5/2の仕事終わりに伊吹社長をさらいに行くから予定を入れさせるな』と」 そんな話、秘書からは聞いてない。まさかとは思うが、事前に言ったら逃げられる可能性を考慮して私に話が回らないように口止めしてたんじゃないでしょうね。 「まったく、強引なんだから。あと、バケーションって言ったけどね。私、泊まる準備とかしてないのよ?この仕事用バッグしか持ってないんだから」 「トランクに一式入っているよ。君の自宅マンションから持ってきた着替えやら何やらね」 「は!?ちょ、ちょっと待ちなさい!セキュリティは!?鍵は!?」 「私を誰だと思ってるんだい。私が一言言えばマンションの管理人だろうが警備会社だろうが警察庁のお偉いさんだろうが『はい畏まりました』と頷くしかないんだぞ?」 「そんな事の為に人を脅迫するのやめなさい!私まで白い目で見られるでしょう!?」 家に帰った後でマンションの管理人さんが私にどんな視線を向けるのか、想像したくもない。 「いいじゃないか、ホテル代とかも私が出してやるからさ。それとも何かい、君は仕事終わりには家に帰るなりスーツもブラも放り投げてショーツ一枚でビールをあおるのが醍醐味だとかいう類の人間だったかい?」 「変な想像しないで!ブラは外すけど上にTシャツくらい着ます!」 だめだ、会話しているとマキちゃんのペースに乗せられっぱなしになる。私は口を開くのを止めて助手席のシートに身体を深く沈めた。マキちゃんはそんな私を横目に見ると口角を上げ、港の方へハンドルを切った。 「ほら、潮風が気持ちいいぞ。トラさんも不機嫌な顔をしてないで降りてきたまえ」 促され、私はしぶしぶ車を降りた。西日の差し込む港は、磯の香りと涼しい風を感じる事が出来る。あんまりいると髪が痛んでしまいそうだけど、確かに気持ちは良い。 「気持ちはいいけど・・・そろそろチェックインしないとまずいんじゃないの?ホテルはどこを考えてるのかしら。この時期だし、どこも混んでいたでしょう」 「ああ、それなら心配ない。五つ星のホテルのスイートルームを空けさせてある」 ・・・それも脅迫の力なんだろうか。いや、いくらなんでも直近になってからそんな事ができるわけはない。もしかしてマキちゃんならではの気取った言い回しかも知れない。そう言えば以前、酔った時にはラブホテルに連れ込まれたっけ。 「五つ星って・・・口コミで五つ星のラブホテルとかじゃないでしょうね?」 「は?」 マキちゃんが目を丸くした。それから、少しきまり悪そうに頭をかく。 「あ、あー。普通に高級ホテルだったんだが。『ホテルKONGO-IN』のスイートルーム。少し金剛院サンとはコネがあってねェ」 「え」 そ、それって金剛院グループが経営する国内トップクラスの高級ホテル。確かに、この近くに建ってる。 「いやすまない、トラさんが真っ先にラブホテルを思いつくほど欲求不満だったとはねェ。この江楠真姫奈、一生の不覚だ。仕方ない、スイートルームはキャンセルして上等なラブホテルを探そうか」 マキちゃんはスマホを取り出して何か検索し始めた。私は慌てて否定する。 「いやいやいやいやいやいや!違う、違うから!深読みした私が間違ってたから!それにその流れだと、私マキちゃんとそういう事に及んじゃうじゃない!そうじゃなくても女二人でラブホテルは世間の目が!」 「今はラブホテルで女子会を開くこともある時代だ、別に不自然じゃないだろう。待ってろ、今内装が綺麗なところを探してるから」 「いらないわよ!マキちゃんが予約してくれたスイートルームがいい!」 それを聞くとマキちゃんはにんまりと笑ってスマホを仕舞った。 「よし、合意は成立したねェ。トラさんがはっきり同意を口にしてくれないと、乗り気じゃない君を連れ回しているみたいで気が引けたんだ」 また嵌められた。ていうか今更気が引けるとか絶対嘘だ。他人を好き放題に動かすのが当然って顔してるくせに。 「・・・ああ、ちなみになんだがねェ。あんまり派手にシーツを汚すと別料金らしいから気を付けて欲しいんだが」 「そういう行為はしないわよ!」 「そういう行為?はて、何を想像したんだか。部屋でワインを飲んだりしてる時にこぼさないでくれというお願いのつもりだったんだがねェ?」 「嘘おっしゃい!もー、マキちゃんのそういうとこホント嫌い!」 叫ぶ私と、笑うマキちゃん。この関係、いつまで経っても変わらないのかもしれない。
