夏の奥山渓谷/スマホ壁紙アーカイブ
【夏の奥山渓谷】 その谷にたどり着いたのは、地図を持たぬ旅人だった。 名もなき山道をひとり、ただ風の気配をたよりに歩き続けていた。 足元の岩は濡れて苔むし、 木々は言葉を交わすようにざわめいていた。 やがて視界が開け、流れる水音が胸を打つ。 谷は、彼を待っていたかのようだった。 誰にも知られず、誰にも奪われず、 ただ夏の日差しと緑の揺らぎの中で静かに呼吸していた。 旅人は腰を下ろし、水に指を浸した。 冷たさが指先から心に伝わってくる。 「ここが終点でもいいな」 ふと、そんな言葉が口をついた。 しかし、風が吹き抜けた瞬間、彼は立ち上がった。 終点ではない。 これは始まりだった。 谷を後にしながら、彼の背には 夏の奥山で拾った静けさが、そっと寄り添っていた。
