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妖夜に舞う雅
薄汚れたビルの隙間、湿った路地裏に、少女の悲鳴がかすかに響く。 「やめてくださいっ!」 酔っ払いの中年男の手が肩にのしかかる。「いいじゃん、お嬢ちゃん。ちょっとだけオジサンと話そうよ」 スカートの裾を握りしめ、少女が震える。ネオンの光が地面の水たまりを赤く染める中、一人の“男”が現れた。 「おいオジサン、嫌がっているだろう?」 白いシャツに長身。整った顔立ち、優しげな笑み。 酔漢が舌打ちして去ると、男は少女の肩に手を添える。 「怖かったね、大丈夫だったかい? 危ないから、送っていくよ」 ——だがその瞬間。 風が切られた音。黒いセーラー服の少女がくるりと身を翻す。ポニーテールが月をなぞるように揺れると同時に、太ももから抜かれたクナイが男の首筋に向けて突きつけられた。 「見つけたぞ……悪しき抜け忍!」 「なっ」 「最近この界隈で少女の誘拐が相次いでいる。それすべて、おぬしらの仕業と見て間違いない!」 少女の瞳は鋭く燃えていた。 黒セーラーの袖が風に揺れるたび、網タイツの太ももに忍具がちらつく。 ただの“制服の少女”が、瞬く間に“狩人”に変貌したのだった。 「くっバレてしまっては仕方あるまい!」 イケメンの仮面が裂け、悪霊のような気配が男の体から滲み出る。 暗器が飛び交い、術が交錯する中、雅は壁に叩きつけられた。 「ぐっ……!」 赤いスカーフが千切れ、スカートの裾が裂ける、白い肌に傷がにじむ。 (いけません……このままでは……!) 「お前のような女に、何ができるッ!」 「ふふ、それは聞き捨てなりませんわ」 瞳の奥に宿る、深紅の光。 「雅流・封式奥義——《香縛・緋焔ノ結界》」 足元に咲く式符の華。瞬間、香の煙が結界を描き、抜け忍の身体を絡め取る。 「がっ……何だこの香り、力が……!」 「穢れは香に沈み、香に還る。——わたくしの香は、正しき道を照らすためにございます」 風が止み、香の煙が薄れたとき、そこに男の姿はなかった。 ただ一本の護符が、焦げた路地裏に舞い落ちていた。 ——静寂。 乱れたセーラーの裾を直しながら、雅は背筋を正すし凛とした声で言い放った。 「闇に咲いた偽りの花……この雅が散らして差し上げましょう」 ビルの影に身を沈め、次の闇へと音もなく跳ねて消える黒セーラーの少女。ただ香だけが、夜に残った。
