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【長編05】悪意に立ち向かう者達
●SIDE:紅 「船底部、予定通り爆破完了。港へ戻り、救命ボート爆破フェイズに移行する」 クィーン・シズムンドから小型艇に乗って脱出しつつ、紅は無線にそう告げた。ライブ中のエリスロと待機中の深海のところへ声は届き、二人が動き出すだろう。 「ここまではほぼ予定通りだな。多少ダメージは受けたが、すぐに再生するだろう」 紅の口腔内では、既にさらさらと塵のようなものが集まり新しい奥歯を形成していた。出血も既に止まっており、頬が腫れる気配もない。 「それにしても、日本での作戦で再びあの男に会うとは・・・やはりこの一件も、江楠真姫奈に既に知られていたと考えるべきか?いや、だが送り込むエージェントにしては貧弱過ぎるか」 色々と可能性を考えつつも、結局はとりあえず殺せばいいかと結論付けた紅。港に接岸すると双眼鏡を取り出して、煙を上げるクィーン・シズムンドを監視し始めた。 ●SIDE:早渚凪 幸い素早く壁に飛びつけたので、押し倒されて踏みつぶされる事はありませんでしたが、あまりの人波に押され、動く事が出来ません。その内に、メイン会場からは人がいなくなりました。 「痛てて・・・」 壁に押し付けられていた体を引きはがすと同時、男の人の手が私の腕を掴みました。 「青年、すまないが少し聞きたい事がある。私の娘たちを見なかったか?」 「えっ?」 私の腕を掴んだのは、白銀の長髪を携えた年上の男性でした。緑色の瞳はシリアスな色に染まり、整った顔立ちを強調してきます。細身でありながら手の力は強く、何か体を鍛えているのは明白でした。もしかして、この人って。 「私の娘は二人いてな。私と同じ髪と瞳の色をしていて、双子の姉の方は肩までの短髪、妹の方は腰までの長髪だ。姉の方はベストとパンツルックで、妹の方はドレスを着用している。見かけていたならば教えて欲しい」 間違いない、瑞葵ちゃん達のお父さんだ!まさかこんなタイミングで出会うなんて。でも今はテロが起きたという非常事態だし、とりあえず正直に言う方が良さそうだ。 「その二人なら、屋外ステージでライブを観てたはずです。お父さん、これは恐らく爆弾テロです。指名手配中のテロリストがさっき船の中にいました。娘さん達と合流したら、すぐに脱出しないと沈没します。ただ、救命ボートには爆弾が仕掛けられているらしいので、救命ボートを使うよりは救命胴衣をつけて海に飛び込む方が生存率はまだ高いと思います」 「そうか、助かったぞ青年。私は鈴白大樹(だいき)。お互い無事だったなら、今度しっかり礼をさせてくれ」 そう言うと大樹さんは風のように走り去りました。は、速い!私も追いかけますが、全然追いつけません。と、今度は上の方から爆音が。大勢の悲鳴も聞こえてきました。これはまさか、救命ボートが吹っ飛ばされたのか!? 「紅の奴、仕事早すぎだろ!」 まずい、これは本気でもう海に飛び込む必要があるレベルだ。でも救命胴衣がどこにあるのか分からない。と、丁度船員さんらしき人が走ってきた。 「すみません、救命胴衣ってどこにありますか!?」 「無いんだよ!・・・事前に点検したはずなのに、どこにも無いんです!」 まさか、テロリンの手によって点検後に撤去されたのか。海に飛び込む人間が出る事も見越して?どれだけ悪意の塊なんだ。 「ただ、船底の方にある倉庫には予備があるかも・・・すみません俺もう行きます、デッキの応援に行かないとなんで!」 船員さんは慌ただしく走り去った。とりあえず、4人分の救命胴衣を確保しないと。アレ無しで海に飛び込んだ場合、生存率はぐっと下がってしまう。私は踵を返し、下へ向かう道を探し始めた。 ●SIDE:桜一文字花梨 私が港に着いた時、既に事は起こっていた。沖合で煙を上げる豪華客船、燃え落ちる救命ボート、港に集まり騒然となる人々。あの船に早渚さんが乗っているハズ。彼を始め、可能な限りの乗船者を救わなくては。 「お嬢様、花梨です!船から煙が上がっています、至急金剛院グループが動かせる船舶やヘリを用いて救助の応援を!」 「分かりました、すぐに手配いたしますわ」 インカムでお嬢様に応援を頼み、私は沿岸部に目を走らせる。探しているのは二つ。一つは客船に向かうために動かせそうな船、もう一つは現れるかも知れないものだが『深海救太郎』という人物が属する救助隊。 「!」 しかしその途中で、想定外の敵を発見してしまった。テロリンの殺し屋・紅だ。手に持っているのはライター・・・いや、ライター型の起爆装置だ。恐らくあれで救命ボートを吹き飛ばしているんだ! 「紅!お覚悟!」 「!」 死角から突進し、紅の腕を狙って攻撃する。上手い事、ライター型起爆装置を弾き飛ばして海に落とさせる事が出来た。 「ち・・・女、その動き只者ではないな。どこの刺客だ」 「犯罪者にお答えする必要性を感じません。ここで捕縛させてもらいますよ」 しかし、こうして相対して分かるけれど本当に隙が無い。狙撃する時にも感じたことだが、この男はこちらの殺気を読んでいるように思う。ならば、対応できないほどの連撃で沈める。 「はっ!」 アスファルトを蹴り、紅との距離を一気に詰める。しかし・・・。 「じゃあな」 紅はさっと後ろに跳びつつリモコン爆弾を投げてきた。反射的にガードしつつこちらもバックステップしてしまう。紅には起爆装置が無いのだから、爆弾だけ投げられても脅威ではないと気付くのが一瞬遅かった。 「しまった!」 紅は素早く小型ボートに飛び乗り、豪華客船に向かって行く。港を見渡しても他に船は無い。お嬢様の応援を待つ他に、今できる事はないようだ。 「早渚さん・・・」 私は彼の無事を、祈らずにはいられなかった。
