【肉まん】妖怪『ならずじじい』の話
「絶対にかけたはずのアラームが鳴らなかった。自分で止めた覚えもないし、そもそもアラーム音を聞いてないと思う」 そんな経験は無いだろうか?もしあるとすれば、それはこの妖怪『ならずじじい』の仕業かもしれない。 ならずじじいは特定の条件を満たした人間を標的にする。その特定の条件とは、「眠っている」「目覚まし時計やスマホのアラームを設定して、それで起きるつもりでいる」の二つだ。 ならずじじいに標的にされると、アラームで起きる事は出来なくなる。その結果、寝過ごす事になるのだ。 その性質上、二度寝を誘発する『二度寝じじい』や、冬の布団から出られなくする『ぬくぬくばばあ』などの妖怪とは仲が良いと言える。 ならずじじいは標的と定めた人間の枕元に音もなく現れる。そしてアラームが鳴るのをじっと待つのだ。 そしていざアラームが鳴ると、信じられないほど俊敏な動きでアラームを止めてしまう。スヌーズ機能があったとしても、鳴る度に瞬時に止めるのだ。 そして標的の人間が目覚めると、音もなく消えてしまう。残された人間はならずじじいの存在に気付けないまま、予定時間に起きられなかった事に驚くのだ。 何かの要因でアラームの予定時間より早く目覚めるくらいしか、この状況の回避方法はない。 ならずじじいは片手に肉まんを持っているが、これには理由がある。それは以下のような物語だ。 元々ならずじじいは、単に悪戯で人間の設定したアラームを止めていた。だがある日、受験当日の受験生を狙った際に、受験生を起こしに来た母親に見つかってしまう。 母親は「うちの子の将来を台無しにするつもりか!」と凄まじい剣幕でならずじじいを怒鳴りつけ追い出した。この事が原因で、ならずじじいは人間を憎むようになった。 人間を憎んだならずじじいは、悪意をもって人間のアラームを止めるようになった。より重要性の高いアラームを狙い撃ちする事が増えて行った。 早起きして会社の鍵を開けなければならない社長、外部とのコラボ配信を控えた配信者、サービスエリアで短時間だけ仮眠するトラック運転手。そういった者がよく狙われた。 そんなある時、とある老夫婦の妻の方を標的にした。妻は毎朝早起きして夫の朝食や弁当を作り、老後に畑仕事をする夫を支えていたからだ。 ならずじじいはいつものように、目覚まし時計のアラームを止めた。だがその時、隣で寝ていた夫の方が起きてしまったのだ。標的の人間が目覚めなければ消えられないので、ならずじじいは夫に見つかった。 (また怒鳴られるか?) ならずじじいは身構えたが、夫は眠る妻と目覚まし時計に手を伸ばしたならずじじいを交互に見て、少し寂しそうな笑顔を浮かべた。 「目覚ましを止めてくれてありがとうな。ばあさんはいつも早く起きて、わしのために飯をこさえてくれてたんだ。最期くらい、ゆっくり眠らせてやろう」 夫は『寝息ひとつ立てない』妻の頭を優しく撫でた後に布団を抜け出すと、空きスペースの目立つ冷蔵庫からチルド肉まんを出して、電子レンジで温めてならずじじいに差し出した。 「わしは料理なんてできんもんで、あんたの優しさに対してこんなものくらいしかお礼ができないが、良かったら持って行ってくれ」 ならずじじいは成り行きのままそれを渡され、老夫婦の家を出た。戸惑いのままにひとくち齧った肉まんは、まるで夫の優しさが詰まったかのようにとても温かく、それがかえってならずじじいを打ちのめした。 「違うのだ・・・ワシは、ワシはあの夫婦を困らせてやろうとしていて・・・う、ううう・・・ワシ、ワシは・・・!」 それからというもの、ならずじじいは意地悪ばかりしていた己を恥じ、すっかりと改心したという。いつも肉まんを持ち歩くようになり、それを見ては「もう人は『憎まん』」とほほ笑んだ。 現在のならずじじいは、「疲れているようだ。もう少し寝かせてあげよう」というような優しい気持ちで、起きなければならない人のアラームを止めて回っているのだ。 だからあなたも、アラームがいつの間にかOFFになっていたとしても、どうかならずじじいを『憎まん』でやって欲しい。 ・・・はい、ご清聴ありがとうございました。本日の『染谷怪談』は『ならずじじい』をお届けいたしました。 小生もアラームがいつしか止まっている事がございますので、この妖怪が何度か来ているのかも知れませぬ。 それでは本日の染谷古書堂、これにて閉店にございます。閑古鳥の皆様、また会う日までしばしのお別れとなりますがまたご来店下さいませ。おつ染谷でございました。
