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【長編15】そしてまた日常へ
●SIDE:早渚凪 志愛さんの血がもたらした効果は絶大でした。一晩寝て起きた私は、自分の足の感覚が昨日までとは全く異なる事に気が付いたのです。そっと自分の足で病室の床に立ってみると、普通に立つことが出来てしまいました。医師に検査もしてもらいましたが、手術をした痕跡以外は全くもって正常で、骨折していたというのが夢だったのではないかと疑うような状態だったそうです。 「これだと正直、これ以上入院されていても何もできませんので退院ですね・・・もし違和感などありましたらまた診察を受けていただく、という形で」 「はい、ありがとうございました。じゃあ早速荷物をまとめますね」 そんな訳で私は急遽退院が決まり、自宅に戻る事になったのでした。一応、お見舞いに来てくれた皆には『骨折治ったので退院しました』って報告をしましたが、びっくりするくらい誰も信じてくれませんでした。まぁ、そりゃそうですよね。私だって知人からそんな事言われたら信じないし。 それでも何とか自分の両足で立ち、創作ダンスのステップを踏む様子を撮影した動画を送りつけて信じさせ、自宅に戻ります。家に入ると、玄葉と幽魅が私を出迎えました。 「うわ、本当に自分で歩いてる!」 「お兄・・・ちょっと何が起きてるのか全然分かんないんだけど」 「うん、私もよく分からないけど、まぁその・・・親切な人が怪我がすっかり治る薬みたいなのを飲ませてくれたと言うか」 玄葉は散々訝しんだものの、現実として目の前の私が骨折を完治させているという事実があるので、もうそういうものだと受け入れたようです。 「でもお兄、お願いだから配信には一年くらい顔出さないでね。配信で『小生の兄上がクィーン・シズムンドの事件に巻き込まれて足を骨折し、入院しております』って言っちゃったから」 「あ~・・・それは、うん。分かった」 聞いたところ、ご遠慮くださいと言っているにも関わらずお見舞いスパチャが何回も飛んできたとか。これで私が万一配信に声を乗せたりしたら、染谷紙魚彦が虚言疑惑で大炎上するもんな。 「・・・あれ?待って、骨折って言っちゃったの?」 「え、うん・・・マズかった?」 確か私の記憶だと、クィーン・シズムンドの被害者の中で骨折を理由に入院してるのって私だけだったような気がする・・・。 「お見舞いにさ、桃宮ちゃんと橙臣ちゃんが来たんだよね。で、橙臣ちゃんってオレンジレオンって名前のリスナーだよね。玄葉の配信欠かさず視聴してるじゃん。あの事件で骨折したのが私だけだって知られたら身バレになるんじゃないかな・・・」 「げっ、まずった!」 ちょうどその時でした。玄関のインターホンが鳴り、来客を知らせます。すごい嫌な予感。画面を見ると、橙臣ちゃんでした。 「どうする玄葉・・・?」 「拒否するの逆に怪しいでしょ・・・入ってもらうしかないじゃない」 玄関を開けて橙臣ちゃんを迎えます。やはり、私の足を見て信じられないという顔をしています。 「と、とりあえず入って」 「うん・・・お邪魔します」 リビングに通し、お茶をお出しすると橙臣ちゃんは語り始めました。 「流石にアンタが送ってきたアレ、フェイク動画とかかと思って病院に行ってみたのよ。そしたら本当に退院してるし」 「あ、あはは。まあ、ちょっと信じがたいよね。普通骨折の治癒って何か月もかかるし」 私は軽い雰囲気で済ませようとしましたが、橙臣ちゃんはじっとこっちを真剣に見ています。 「で、看護師さん達に聞いたの。『こんなに回復早いのおかしいですよね、他にこの事件で骨折した人たちはまだ全然治ってないんですよね』って。そしたら、あの事件で骨折して運ばれてきたのはアンタだけだったって。それでさ、染谷さんが配信で言ってたのよ。『兄上がクィーン・シズムンド事件で骨折して入院しました』って」 詰んだ。完全にバレてるじゃんコレ。私がそっと玄葉の方を見ると、玄葉は全てを諦めた無の表情でした。 「・・・正直に答えて欲しいんだけど。アンタが染谷さんの兄上って事でいいの?」 「あ~・・・はい。私が染谷兄で、玄葉が染谷紙魚彦です」 そう答えましたが、橙臣ちゃんは何も言わずに黙っています。やっぱり怒ってる・・・のかな。 「あ、あのね、決して騙すつもりじゃなかったの。ただ、あんまり恋織ちゃんが染谷紙魚彦の大ファンみたいだったから、言い出せなくて」 玄葉がそう言ってもノーリアクション。おかしい、いくらなんでも無反応すぎる。 「橙臣ちゃん?」 そっと声を掛けて顔を覗き込むと、橙臣ちゃんは気絶してました。流石にショックが大きかったか。 「ど、どうしようお兄」 「とりあえず、意識が戻るの待とうか・・・」 それから三十分くらいして、ようやく橙臣ちゃんは意識を取り戻しました。その後は玄葉の部屋を見せてもらったりして完全に状況を理解した後、その日は帰宅して行きました。 「今回は玄葉らしくないミスだったね」 「バカ、あの配信の時はお兄のせいで動揺してたんだからお兄にも責任あるんだからね」 「うっ、それは心配かけてごめん」 「・・・恋織ちゃん、これから前みたいには話してくれなくなっちゃうかな」 これまでは玄葉に対して『同じ推しVを持つファン同士』って認識だったのが『推しVの中の人』に変わったんだもんな、そりゃ今まで通りって訳には行かないだろうなぁ。 「でも、そんなに心配いらないんじゃないかな。橙臣ちゃんは優しい子だから、ネガティブな方向には行かないと思うよ」 「そっか・・・そうだよね」 なんて事をこの時は玄葉と話していたのですが、意外な事に橙臣ちゃんの態度は以前のままでした。 「だって、玄葉さんは染谷さんの中の人だけど、染谷さんを演じてない時は玄葉さんでしょ。自分が演じてるVが好きじゃ無い訳ないし、玄葉さんが玄葉さんの時は前と同じ『閑古鳥同士』だから」 中学生の意見じゃないでしょ、その線引きが出来るのは・・・。まぁ、玄葉も橙臣ちゃんも楽しそうだからいいか。
