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【黒猫】黒猫とえっちゃん
猫と一緒に魔法薬を調合するえっちゃん。ちなみにこの猫、飼い猫ではなく単なる野生の猫である。たまに猫を大釜で煮込んでいる事もあるが、これで平気なあたり普通の猫ではないのかもしれない。 出来上がった魔法薬は飲用ではなく発明品の開発に使う工業用なので、野良猫の不衛生さは考慮に値しないようだ。 もしかすると、猫成分が溶け込んでいるかいないかで結果が変わるのかを実験している可能性もある。ただ、人間嫌いのえっちゃんは発明品として完成するまで何も教えてくれはしないだろう。 折角なので、えっちゃんが人間嫌いになるきっかけとなったエピソードを紹介しよう。今より50年ほど前、まだミリシラが冒険者として全盛期だった頃の話だ。 まだこの頃人間嫌いではなかったえっちゃんは学会で一つの魔道具を発表した。『代名刺(だいめいし)』と名付けられたこの発明品は、「この名刺の上で名詞を書き換える事で性質を変化させる」魔法の名刺であった。 例えば、改名前の欄に『猛犬』と書き、改名後の欄に『忠犬』と書きこむと、世界中の猛犬が忠実な忠犬に豹変する。元の名詞と変化が大きいほど成功率が下がり、消費魔力も大きくなるので、あまり大胆には変えられない。具体的には、せいぜい一文字だけ変えられるくらいであり、大魔導士や賢者でも二文字以上はまず成功しない。 ところが事もあろうに、デモンストレーションとしてえっちゃんはこの壇上にて『悪役令嬢』を『竿役令嬢』に書き換えるという暴挙に出た。結果、世界中の悪役令嬢たちの股間にはご立派様がそそり立ち、急に男性の象徴が生えてしまった令嬢たちはおのおのパニックになり、恥じらったり泣き叫んだりした。特に男性慣れしていない箱入り娘の悪役令嬢に至っては、卒倒して気を失う者もいたという。 だが卒倒して気絶した者は、加害者にならなかっただけ幸運だったと言える。令嬢は『竿役』にされてしまったわけなので、本人の意志とは無関係に手近な女性に襲い掛かった。『お付きのメイド』が乱暴されるというのはまだマシなほうで、お茶会相手の『悪役ではない貴族令嬢』や、謁見相手だった『皇女』を手にかける悪役令嬢もいた。当然、王族貴族を盛大に巻き込んだ『犯った犯られた問題』として世界中で大騒ぎになってしまう。 本来、この代名刺に書かれた変更内容は『名刺を破る』事で破棄されるはずだったのだが、えっちゃんはうっかりこの機能を設定し忘れており、名刺を破っても事態が収束しなかった。それどころか名刺を破ってしまった事で解除不能になり、2枚目の代名刺に『竿役令嬢』を『悪役令嬢』にするという内容を書き込んでも無効化される始末。 事態を重く見た王国は、三大賢者の一人『シャベリー・ソール』の封印を解いた。『ロード・オブ・ザ・ダベリング』の異名を持ち、『口にした内容を現実のものにする』ユニーク魔法の使い手であるシャベリーは一言言い放った。 「代名刺なんて、最初から存在しなかった」 これにより、えっちゃんが代名刺を完成させたという事実がなくなった。そして連鎖的に『代名刺がないのだから悪役令嬢が竿役令嬢になる事も無い』となり『竿役令嬢がいないのだから強姦事件も起きていない』事になり『強姦事件がないのだから何の問題も無い』という風に因果律がねじ曲がって一連の出来事全てが最初からなかった事になった。被害女性の体も襲われる前の状態に戻り、人々の記憶からも『代名刺に関係する全ての出来事』が消えて全てが丸く収まった。 だが、術者であるシャベリー本人と高い魔力を持つがゆえにこういった認識改変に強い耐性を持つミリシラとえっちゃん、つまり三大賢者は全員この事件を覚えていた。ミリシラは騒ぎを起こしたえっちゃんに対して激しい叱責を行い、魔力を手に集中させて放つ『本気の尻叩き』で罰した。 哀れえっちゃんはお尻が真っ赤に腫れあがり、泣きながら帰宅する事に。この一件ですっかり人前で発明を発表するのがトラウマになり、『曖昧Meマイン』を開発して雲隠れして引きこもるようになったのである。
