丘の上の天文台へ/スマホ壁紙アーカイブ
【丘の上の天文台へ】 坂道は夕方の風を集めていた。 雲は低く、空は重たいのに、なぜか暗さはない。 足元のアスファルトはまだ昼の熱を残していて、 歩くたびにかすかな反発が返ってくる。 「……なあ」 彼が声をかけると、 彼女は歩調を落とさずに答えた。 「なに?」 少しだけ振り向いた横顔が、 雲の切れ目から差す光に照らされる。 「今日さ、誘ってよかった?」 今さら、と思いながらも、 口に出さずにはいられなかった。 彼女は一瞬だけ考えるように視線を前に戻す。 「今さらそれ聞く?」 呆れたような声。でも、どこか柔らかい。 「だってさ、星も見えなさそうだし 天文台まで登る意味、あんまりないかもって」 彼の言葉は、坂道の途中で風にさらわれそうになる。 「意味とか、別にいらなくない?ここまで来ちゃったし」 風が強く吹き、彼女の髪が揺れた。 彼は無意識にその動きを目で追ってしまい、慌てて視線を外す。 「……それ、ずるい言い方」 「なにが?」 「断れなくなる」 彼女は小さく笑った。その笑いが、なぜか胸に残る。 「じゃあ正解じゃん」 しばらく、靴音だけが続いた。 空はどんどん表情を変えていく。 「……なあ、もしさ」 彼女は何も言わず、続きを待つ。 「このまま、何も起きなかったらどうする?」 「何か起きてほしいの?」 問い返されて、彼は言葉に詰まった。 「……わかんない」 「でも、今日が終わるの、ちょっと嫌だなって」 彼女は立ち止まり、ゆっくり振り返った。 雲の切れ間から、ほんの一瞬、淡い光がこぼれる。 「それさ、たぶん、もう起きてるよ」 「え?」 「ほら」 彼女が指さした空には、星は見えない。 それでも、ここまで登ってきた道と、 並んで歩いた時間は確かに残っていた。 「星は見えないけど、来たことは残るでしょ」 彼はうなずいた。 言葉は、それ以上いらなかった。 「……また来てもいい?」 「天文台?」 「……君と」 彼女は答えなかった。 代わりに、少し先を歩き出す。 「早くしないと、置いてくよ」 「それ、返事じゃないだろ!」 振り返った彼女は、ほんの少しだけ笑った。 「どうかな」 天文台はもうすぐそこだった。 空は相変わらず雲に覆われている。 それでも彼は思う。 今日という日は、たぶん、ずっと忘れない。
