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【目】この目を知っている
「ちょわぁ!?」 公園のベンチで寝ていた私(藤巳幽魅)が目を覚ますと、目の前には黒髪に深紅の瞳を持つ男の人の顔。慌ててベンチをすり抜けて地面に落ち、ころころ転がって男性から離れた私だったが、彼の視線は私を見てない。どうやらこの人はベンチの方に用事があったようで、私が見えてる訳じゃないみたいだった。 「あ、焦ったぁ・・・寝込みを襲われてるかと思っちゃった」 まあ、私の姿が見える人がそもそも凪君と玄葉ちゃんしかいないんだから、無用な心配だったかなぁ。まあいくらすり抜けるって言っても胸とか唇とか触られたくないけど。 「それにしても、何してるんだろ」 黒いシャツのこの男の人、お昼休み休憩か何かかな?手には紙袋を持ってるし、中から中華まん出して食べてるし。座るのにベンチの状態見てたのかな。 「いいな~私も後で凪君に中華まん買ってもらおうかなぁ~」 しばらく見てると、彼は中華まんを食べ終わって立ち上がった。そしてポケットからライターを取り出したかと思うと、そのままベンチから離れていく。 「あ、あれ?紙袋忘れちゃってるけど・・・」 ちらっと中身を覗くとまだ何か箱みたいなのが入ってるし、捨ててった訳じゃないよね。捨てるなら数m先にゴミ箱あるんだもん。 「ええー、どうしよ!?届けてあげた方がいいんだろうけど、私が持っていくと紙袋だけふわふわ浮いて見えるよね。う~ん・・・」 こういう時、凪君や玄葉ちゃんがいればお任せできたのになぁ。何とか気付かれずに返してあげられる方法・・・。 「しょうがないなぁ、空から先回りしよ」 私は翼を生やして、紙袋を持ったまま空に舞い上がる。このくらいの高さならそうそう目につかないはずだし、後はあの男の人の行く手にそっと置いておいてあげれば気付くかも。 「でもこの紙袋、結構重たいなぁ。中身なんなんだろ、箱に入ってるくらいだから精密機械とかなのかな・・・」 空高く舞いながら、男の人の動向をじーっと観察する。どこに向かってるのかな。ずっとライターいじりながら歩いてるけど・・・あ、ライターの蓋閉じた。 『バァンッ!!!!!』 ・・・え、何、何が起きたの!?持ってた紙袋が急に膨れ上がったような・・・っていうか、もしかして爆発した?えっ、まさかこの紙袋爆弾だったの!? 「ええー!?あ、危な過ぎるよ!こんなの普通に人がバラバラになる威力じゃん!」 私、幽霊で本当に良かった。幽霊じゃ無かったら死んでた・・・あれ、いやもう幽霊なんだから死んでるか。通行人の人たちも、さっきの男の人もこっち見てる。そりゃあんな大爆発起きたら皆見るけどさぁ、あの男の人だけ視線の種類が違うじゃん!怯えた様子とか驚いた様子じゃなくて、『何で空中で爆発したんだ?』って感じの目をしてる!あの人爆弾魔だ!凶悪犯罪者って奴じゃん!後で凪君から通報してもらわなくちゃ!ちゃんと近くにいって顔を覚えておこう。私は彼の正面に舞い降りる。そしてその顔をしっかりと覗き込んだ。 「・・・あれ」 この人。何でか分かんないけど、知ってる気がする。この冷たい目・・・人の命をその辺飛んでる羽虫くらいにしか考えてないような目。あんな爆弾テロしておきながら、それが普通の日常ですって言わんばかりの全く平然とした態度。さっきまでの疑問の色を浮かべてた表情はもう引っ込んでて、失敗したならそれはそれでいいかって、たいして気にしてなさそうな雰囲気。 知ってる。知ってる。どうしてか分からない。でも私は、この人を知ってる。この人は・・・。 「紅(ホン)・・・」 口をついて出た、彼の名前。本当の名前じゃない、工作員としてのコードネーム。国際テロ組織テロリンの幹部の一人で、一番大勢殺してる生まれついての殺し屋。 「どうして・・・私は紅を知ってるの・・・」 背筋が震える。唇がわななく。冷や汗が止まらない。 「私は・・・何者なの?」 答えをくれる人なんて、もちろんいない。いつの間にか、紅は私の前から消えていた。まだ周囲に残る、燃えた火薬の臭いが『夢じゃないぞ』って言ってるみたいだった。
