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秘密の蛍
「先生、こっちです。足元、気をつけて」 「ありがとう、華蓮さん……でも真っ暗ね。こんなところに本当にいるの?」 「います。蛍は、人の目を盗むのが上手ですから」 山の裾野の小川。町の明かりは遠く、虫の声だけが聞こえる。怜花は心細さに身をすくめながら、そっと足を進めた。 そして―― 「……あっ……!」 藪の向こうに、ふわり、と一粒の光。続いてもう一つ、さらに三つ、七つ……やがて、まるで夜空の星が地上に降りてきたように、あたりが蛍の光に包まれた。 「……きれい……」 「光っているのは、お腹です。発光器という器官で――」 「ちょ、ちょっと待って。今は理科の時間じゃないわよ?」 「先生が、何も言わずに見とれているから」 華蓮は小さく笑った。怜花は苦笑しながら、すぐそばの光を見つめる。 「……でも、すごいね。あんなに小さいのに、こんなに強く光るんだ」 「そうですね。生き物の光は、ただの明かりじゃない。伝えたい相手がいるから、光るんです」 「……ロマンチックなこと言うのね、華蓮さん」 「言葉がなくても通じるって、ちょっと羨ましいです」 蛍の光が、ふたりの足元をかすかに照らす。 「……先生」 「なあに?」 「光ってない時間も、彼らはちゃんとそこにいます」 「……うん」 「見えないだけで、ずっと、そこにいる」 蛍たちが、またふわりと飛び交う。 沈黙が落ちる。でも、ふたりにはそれが心地よかった。 「……もう少し、ここにいましょうか」 「はい」 光は小さく、でも確かにふたりを包んでいた。
