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月詠瑠那と月の契約者
渡り廊下のガラスが、夜の霧に白く染まっていた。深夜の校舎。誰もいないはずの時間、けれど天音梨花の足は止まらなかった。 「どうして……こんなところに……」 アーチ状のガラス張りの廊下。月の光が差し込むはずのそこは、霧が濃く、先が見えない。 それでも梨花は、なぜか“進まなければいけない”気がしていた。心のどこかが、あの静かな声に呼ばれているような気がして。 先へ。さらに先へ。――そして、霧の奥に現れたのは、場違いなほど豪奢なロココ調の扉だった。 「こ、こんな扉、学校にあったかな……?」 誰にともなく呟きながら、梨花は震える手で取っ手に触れた。扉は音もなく開く。 蝋燭の灯りに照らされた部屋には、黒と紅の魔法陣。中心に佇む少女が、短剣を持ったまま、微笑んでいた。 「はじめまして――と言うべきかしら。それとも、あなたとは“すでに夢で会っている”かしらね?」 その少女は、梨花の教え子、月詠魅亜と瓜二つ……けれど、決定的に“なにか違う”を漂わせていた。 「つ、月詠さん……? その格好、危ないですっ、で、ですねっ!」 「ふふ……やっぱり先生、夢でもあなたはそんなふうに、私を止めようとしたわ」 「えっ……? 夢……?」 梨花の記憶がぐらつく。確かに、何度か――いや、何度も見たことがある気がする。 この部屋も、霧の渡り廊下も、そしてこの不思議な少女も。 「私は、魅亜の“姉”。……そう名乗るのが、いちばん分かりやすいかしらね」 「姉……?魅亜さんに姉がいる話など聞いた事ないわ……」 瑠那はそっと短剣を捧げるように持ち上げ、魔法陣の中心に跪いた。 「今宵は契約の儀。霧が満ち、夢と現が交わる刻。あなたが来たということは、契約が成る証」 「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 契約って、なにを……私、なにも……!」 「でも、夢で交わしたでしょう? 『彼女を守りたい』って。あなたの願いは、月夜の深奥に届いたのよ」 瑠那が囁いた瞬間、魔法陣の灯りが紅く脈打った。梨花の胸の奥が熱くなり―― 次に目を開けた瞬間、梨花はベッドの上にいた 「夢……? だった、のかな……」 汗ばんだ手が胸元を掴んでいる。 手を開けるとそこには月のペンダントが…… ──夢で交わした契約は、目覚めても、なお消えずにいたのだった。
