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秘密の七夕
七夕当日、校内の廊下には色とりどりの短冊が揺れていた。 紫峰怜花はふと足を止めると、ある一枚に目を留める。 「“光年単位で距離を超える愛情の実証”……」 思わず声に出して読み上げてしまった怜花の横から、すっと現れたのは、静かで知的な生徒・狭霧華蓮。 「私の短冊です」 「あぁ、やっぱり華蓮さん……で、これはつまり?」 「織姫と彦星の関係において、年に一度しか会えないというのは距離に起因します。ですから私は、愛情が空間を超えて成立するかの仮説を立て――」 「ちょ、ちょっと待って。七夕の短冊って、もっとこう……“会えますように”とか、“恋が叶いますように”とか、そういう願いを書くんじゃないの?」 「ロマンチックな表現ですね。でも、願いとは心の投影。科学であっても、気持ちはこもっております」 「まあ、そう言われたら否定はできないけど……」 苦笑する怜花の前で、華蓮は少しだけ首をかしげて短冊を見上げる。 「……やはり、先生のように“伝わる言葉”の方が、優しいのでしょうか」 「伝える相手によるかもね。たとえば私だったら、もっとこう……やわらかく書いてくれると、嬉しいかも?」 「そうですね」 そう言うと華蓮は、もう一枚の短冊を取り出し、さらさらと書き直した。 怜花はそれをのぞき込む。 「“距離があっても、心が届きますように”……」 「これは、仮説ではなく希望です」 「……あら。ちょっとだけ、甘いじゃない」 「季節行事ですから、多少は糖度を上げても許されるかと」 いつもは理屈っぽくて淡々とした華蓮の、小さな冗談。 怜花は思わず、くすっと笑ってしまった。 「じゃあ、私の願いも書いておこうかな。“もっと華蓮さんと話せますように”って」 「それは……即時にでも、叶いそうですね」 二人の短冊が、そっと風に揺れた。 夜空に織姫と彦星がいるかどうかはわからない。 けれど、想いを届ける風は、確かにここにも吹いている――。
