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ひまわり chapter0
照り返す陽射しと、プールの水面がきらきらと弾けていた。夏の午後、セミの声すら届かない水泳部の練習中。俺は、泳ぎ終えたばかりの身体を拭きながら、プールサイドでペットボトルの水を飲んでいた。 そのとき、視線の先に現れたのは――瀬颯 向日葵(せはやて ひまわり)。 「っはぁ……今日も全力っすねぇ~!」 濡れた髪を手ぐしでかきあげながら、肩で息をしている向日葵は、俺の一つ下の後輩だ。 元気で、明るくて、ちょっと喋り方が子どもっぽい。でも、最近……なんというか、ちょっとだけ見る目が変わってきた。 競泳水着の上から、タオルを肩に掛けた向日葵が俺の横を通りすぎようとして、ふと立ち止まった。 「○○先輩、今日も調子よさそうっすね!」 「そ、そうか……うん。ありがとう」 緊張してしまって、上手く返せない。 向日葵はあっけらかんと笑いながら、水のしずくを手で払っていた。 そのときだった。 彼女がふと、自分の腰回りに手を伸ばし、水着のズレを気にして指先で直した。 ごく自然な、ただの仕草――のはずなのに。 水で肌に張りついた競泳水着が、体のラインを強調していたのを、俺は見逃せなかった。 (……なに見てんだ、俺) すぐに目を逸らしたつもりだった。でも、その一瞬で、心臓の音が跳ね上がったのがわかる。 あの向日葵が、こんな風に“女の子”として気になってしまうなんて―― 「ん? 顔赤いっすよ、先輩。熱中症っすか?」 「い、いや、そうじゃない。たぶん、ちょっと暑くて……」 「そっかぁ。でも、あんま無理しないでくださいっすよ? 先輩倒れたら、ウチらめっちゃ困るっす」 そう言って、向日葵はタオルで顔をごしごしと拭いて、くしゃっとした笑顔を向けてくる。 まだ少しだけあどけなさが残っている。でも、さっきの仕草や、呼吸を整えるときの真剣な横顔が、頭から離れない。 きっと、俺は知らない間に、大切な“変化”に気づいてしまったんだと思う。 ただの後輩じゃなくて、“ひとりの女の子”としての彼女を。 太陽はまだ高くて、夏はこれからも続く。 だけどこの瞬間だけは、きっと、俺の中でずっと色褪せない。 これは、そんな青春の一ページ。水の匂いと、鼓動の音と、向日葵の笑顔が焼きついた夏の記憶。
