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淫夜に舞う雅
薄汚れた裏路地、夜風がビルの隙間を滑るように抜けていく。月は雲に隠れ、街はまるで息をひそめているようだった。 「……穢れの匂い、濃うございますわね」 闇に現れたのは、黒のボディスーツに身を包んだ少女。肌を撫でるように艶めくその装束は、くノ一としての機能美と妖艶さを兼ね備えていた。太ももに装着された忍具入れから、静かにクナイを抜く所作さえも、舞のように美しい。 彼女の名は——千早姫 雅。 突然、背後の影が膨れ上がるように変じ、不気味な笑い声が響いた。 「おや……退魔の血を引く者か? だがその艶姿、俺の渇きを煽るだけだぜぇ……!」 闇から現れたのは、黒煙のように姿を変える悪霊。欲と殺意が渦巻くこの都市で、人の心の隙に取り憑き、破滅をもたらしてきた存在。 「——浅ましきこと。この身が露を纏おうとも、穢れに身を売った覚えはございません」 声は静かだが、その瞳には刃のような意志が宿っていた。 雅は跳ぶ。網タイツが月光を受けて煌めき、しなやかな肢体が空を舞う。次の瞬間、クナイを投擲。悪霊の肩口に突き刺さる。だが―― 「甘いんだよ!」 不意に霊体の腕が伸び、雅の腰に巻き付いた。地面へ叩きつけられ、コンクリートがひび割れる。セクシーなくノ一衣装が破れ、左肩が露になる。艶やかな肌に、煤けた霊気がじわりと染みていく。 「……くっ、!」 地に伏しながらも、雅は乱れた前髪越しに敵を見据える。目は鋭く、怒りと決意が混ざった真紅に燃えていた。 「お高くとまってるが、結局ただのメスじゃねぇかッ!」 悪霊が口を裂いてゆだれを垂らしながら嗤う。だが、次の瞬間——。 雅の口元に微笑が浮かんだ。破れた衣装の奥から、胸元に隠していた最後の封札を素早く取り出し、自らの血で指先を染めると、術式を描き出した。 「“式ノ奥義・破穢鎖封陣”」 地面に組まれた霊方陣が光り、悪霊の体を無数の鎖が絡め取る。断末魔の悲鳴が夜空を裂いた。 静寂が戻る。風の音が、再び街の喧騒を呼び戻していく。 彼女はふと香の小瓶を取り出し、空へ一滴。ふわりと漂う白檀の香りが、穢れを祓い、夜を清めていった。 そして、背を向けながら、最後にひと言。 「——艶やかなるものが、常に穢れに堕ちるとは限りませんのよ」 黒い影は夜へ溶け、彼女の姿もまた闇に紛れて消えていった。 その香りだけを、残して。
