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【ヒーロー】ヒーローの表と裏
●SIDE:鈴白向日葵 「はぁ・・・」 私はPCモニター上の一枚の画像を見ながらため息をつく。オレンジ色のウェットスーツに身を包み、要救助者をボートに押し上げた直後の深海さんがそこには写っていた。ネット上で深海さんを擁護する人がアップしてた画像だ。 「やっぱ、いいなぁ」 あの日、公園でバカ共を一ひねりで黙らせてくれた。海でも陸でも、すごく頼りがいのあるまるでヒーローみたいな男の人。これまで付き合ってきたどんな男の人とも違うものを感じる。 「ふーん・・・やっぱりおねーちゃんって・・・」 不意に後ろから声がして、私が慌ててそっちを振り向くと半開きのドアの向こうから瑞葵が含みのある笑顔で見てた。大急ぎで画像のウィンドウを閉じる。 「瑞葵?開ける前のノックはどうした?」 「最初から開いてたよー。それで、今見てた写真がおねーちゃんの気になってる人なのかなー?」 くっそ、やっぱ見られてた。下手に隠そうとすると勝手にPCを漁られるかもしれないし、説明だけしとくか。 「別にそういう訳じゃないから。今見てたのは深海さんっていう早渚さんの友達の写真だよ。この間公園で元カレに絡まれて困ってたのを助けてくれたの」 「で、おねーちゃんはそれで好きになっちゃったんだ。きゃー♡」 楽しそうだなコイツ。てかそういう訳じゃないって言ったろ。 「瑞葵には関係ないでしょ。それより早渚さんとはどうなの。ちゃんと避妊とかしてる?」 「・・・ゴムがある限りは?」 あっ、一応もう体の関係にはなって・・・てか毎回使い切ってんのかよ!?早渚さん、よく干からびないな。30代って思ったより枯れてないのかな。 「あっ、そうだ。凪さんにお願いしておねーちゃんと深海さんの仲を取り持ってもらおうよ!凪さんもおねーちゃんの想い人の事は気になってたみたいだしー、きっとノリノリで協力してくれるよ!」 「瑞葵」 私は瑞葵に歩み寄り、全力の圧をかけた。 「早渚さんにこの件を言うようなら、早渚さんの事を誘惑するからね。あの人、貧乳派だし背徳的シチュ好きなんでしょ?『恋人の双子の姉』とか絶対好物だと思わない?」 「お、おねーちゃん怖いよ・・・分かった、言わない。言わないから」 ●SIDE:深海救太郎 「ふぅ・・・」 訓練前、俺はスマホのカメラロールの内の一枚を開く。港をバックに立って笑っているのは、俺が海上保安庁にいた頃に面倒を見てくれていた隊長、水不知 佑(みずしらず たすく)さんの写真だ。ヒアウィー号の沈没事故で亡くなったが、その教えは今も俺の中に残っている。 『いいか深海、まずは自分が犠牲にならないようにするんだ。助ける側の人間が死んだら、そいつが助けるはずだった人たちも全員助からなくなる。現場に絶対安全なんて場所はない。常に安全を確保しながら救助に当たるんだ』 「そう言ってた人間が、要救助者共々脱出不可能になるとはな。つくづくこの世界は間違ってるな」 あの事故では、尋常じゃないくらい火の手の回りが早かった。次々と起こる爆発や火災では安全の確保など誰もできやしなかっただろうが、それでも隊長なら大丈夫だと俺は心のどこかで信じていた。 『助けを待ってる人にとって、俺達は希望だ。生き残るための最後のワンチャンスだ。だからこのチームは「わんちゃん」って言うんだぜ』 勝手に自分の所属する部隊をそんな風に呼んでいたのを思い出す。救助犬とかけて名付けたつもりかも知れないが、本人が犬と言うよりゴリラに近いせいで全然犬の印象ないって全員から突っ込まれていた。 『救助の際、全ての人を助けたいと思うのは当たり前だ。だが、まずは目の前の命だ。手の届くところにいる人間も助けられない奴に、全員を助けるなんて出来ない。お前の手の届かない所は、他のチームメイトが手を伸ばす。一人で全てを背負うな、仲間を信じろ』 「だが現実には仲間は全員死んで、俺は全ての怨嗟の声を一人で背負う事になった」 隊長の言う事は間違ってはいない。だが、世界が間違っていればその言葉との間にはズレが生まれてしまう。そしてその亀裂は、正しく生きる人間ほど死の闇へと飲み込んでしまう。 「隊長が今の俺を見たら怒り狂うだろうな。だが、それでも俺は世界を救わなければならない。正しく生きた隊長達を殺し、正しく行動した者に理不尽な憎しみをぶつけるような世界は間違っている。・・・俺が、世界を変えるんだ」 スマホの画面をホームに戻し、電源を切ってロッカーに仕舞う。訓練前のルーティンになった行動。テロリンとしての俺の原点を思い出させるための儀式。 「深海さん、今日ってハンドガンの訓練でしたっけ?」 「ああ。逃げる標的・・・今回はネズミだな。それを正確に撃つ訓練だ」 部下の声に返事をしながら、防水仕様にチューンされた軍用拳銃の具合を確かめる。もちろん、海難救助隊の訓練にこんなものは必要ない。・・・これは、テロリストとしての訓練だ。 「地下演習場、先に行ってるぞ」 俺はロッカールームを後にする。地下に作られた、秘密の訓練施設へ歩みを進める。 「・・・隊長、あんたは俺のヒーローだった。今度は俺が世界を救うヒーローになる」 世間は俺を否定するだろう。テロリストだと唾棄するだろう。だが、正しい人間が生きる事を許さない社会は、悪でしかない。悪に否定されようが何とも思わない。 「世界は変革する。俺達が間違った世界を終わらせる。俺は・・・テロリンだ」
