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真夏の合宿

2025年08月12日 15時01分
対象年齢:R15
スタイル:イラスト

真夏の午後、体育館の空気はむっとするほど重かった。窓は全開にしてあるのに、外から入ってくるのは熱を含んだ風だけだ。  床のきしむ音、バスケットボールが床を打つドリブルの響き。そんな自分たちの音の奥で、もうひとつ違うリズムが聞こえる。  軽やかな足音と、時折鳴るタンッというバトンが床を叩く音。それは僕の視線を自然と体育館の隅へ向かわせる。  そこには新体操部の練習風景があった。青いマットの上、長いポニーテールを高く結い、白いリボンを揺らす女の子――江ノ島 操。  リズムに合わせて伸びる腕、しなやかに反る背中。レオタードに滲む汗はライトに反射してきらめき、スポーツの厳しさと女性らしい美しさが同居していた。  僕は思春期真っ只中の男子で、正直、そんな光景から目を離せなかった。  「おい、〇〇! 集中しろって!」  チームメイトの声にハッとして正面を向くが、遅かった。僕が受け損ねたパスは無情にも横へ逸れ、ゴロゴロと転がっていく。  行き先は……やっぱり操の足元だった。  彼女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかく笑みを浮かべ、屈んでボールを拾い上げた。  「はいっ!」  弾む声とともに、予想以上に力強いパスが飛んできた。僕は慌ててキャッチし、「ありがとう!」と返す。  声が少し裏返ったのは……まあ、気のせいってことにしておこう。  操は軽くうなずき、また仲間の輪に戻っていった。再びポニーテールが揺れ、彼女の視線はもう演技の先へ向けられている。  ただ、それだけの出来事――けれど僕の胸の奥では、何かが静かに弾けたような感覚があった。  この夏合宿は正直、嫌なものだった。朝から晩まで練習、監督の叱責、汗と疲労で一日が終わる。  でも、今は少しだけ違う。体育館に来れば、あの青いマットの上で操が跳び、回り、笑っている。  ただそれだけで、僕はこの合宿を少しだけ好きになれそうな気がした。  練習が終わるころ、僕はもう一度だけマットの方を見た。  操は最後のルーティンを終え、仲間たちと笑い合っている。額に貼りついた髪を指で払う仕草も、どこか凛としていて眩しかった。  バスケットボールを胸に抱えたまま、僕は心の中で決めた。  ――明日も、この体育館で頑張ろう。  たとえ汗だくになっても、足が棒になっても。ここに来れば、またあの笑顔を見られるのだから。

コメント (6)

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