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美月お嬢様の華麗なる食卓 二食目
夏の午後、庭園の噴水から涼やかな水音が響く中、鵜飼美月はサマードレス姿で紅茶を口に運んでいた。 (……はぁ、もう三日目ですわ。ケーキもクッキーも口にせず過ごすなど、わたくし史上初の偉業ですわ) 理由は単純。夏服のウエストが、少々窮屈になったのだ。 そこにメイドのメアリーが銀のトレイを抱えて現れる。 「お嬢様、本日はお好きな苺のショートケーキをご用意いたしました」 ダイエット中の美月の瞳が一瞬だけきらめく。だが、すぐに表情を整えた。 美月の脳内で、計算機が動き出す。 (苺……一粒約5キロカロリー。生クリーム……50グラムで約200。スポンジ……この厚み、約150。合計……わたくしの三日間の努力を一撃で吹き飛ばすカロリー爆弾……!) 「今日はお腹いっぱいですの。甘味などお子様の喜ぶもの。わたくしほどのレディーには不要ですわ」 「では、下げますね」 と、その瞬間――本能が勝った。 「ま、待ちなさい……っ! べ、別に食べたいわけではありませんの。ただ、一口だけ品質を確かめて差し上げようと思っただけでしてよ」 (一口だけならまだセーフでしてよ……) フォークが苺を切り、生クリームと共に口へ。 (……ああ、この香り……! まるで夜会で香水を振る舞う貴婦人の微笑のよう……) 生クリームと共に口へ (……な、なにこれ……!? 真夏の白い雲が舌で溶け、その合間を陽射しを浴びた苺の妖精が駆け抜ける…… そして生クリームの甘やかさ、女神がシルクのドレスを翻し、舌の上で舞踏会を開いているよう!、ああん♡わたくしの理性の城壁を粉々に砕きますの……!) 二口、三口……気付けば皿は空。久しぶりの糖分が脳に伝わり判断力を鈍らせた、完全なる失策である! (終わった……三日間の努力が……。わたくし、ダイエット戦争、完全敗北しましたわ……) 「……まあ、悪くありませんわ。甘さも均衡が取れ、食感も申し分なし。良い品質です合格点を差し上げますわ」 そして、視線を逸らしながら。 「……明日も作ってもよろしくてよ」 甘いカロリー戦争のあとに残ったのは、静かな敗北と――ほんの少しの幸福感だった。
