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月詠瑠那と古の魔導書
目を覚ますと、そこは黒い帳で覆われた部屋だった。 床一面に描かれた魔方陣。燭台が赤黒く燃え、壁には見慣れぬ記号が蠢くように刻まれている。 息を吸うたびに、鉄のような血の匂いが肺を刺した。 中央に立つのは――月詠瑠那。 黒いセーラ服の裾が闇に溶け、片手には銀のナイフ。 もう片方の腕に抱えられていたのは、異様に分厚い古の魔導書。表紙は革で覆われ、どくん、と心臓のように脈打っていた。 「先生……」 瑠那の声が波紋のように広がる。 「人はなぜ“不死”を求めるのだと思います?」 「ふ、不死……? そ、それは……死が、怖いから……」 声が震えた。 「怖いだけじゃない」 瑠那は魔導書を開いた。紙面の文字は黒い墨ではなく、赤い血で書かれているように見えた。読んでいるうちに、文字は形を変え、目を逸らすとまた戻る。まるで意思を持っているかのように。 「終わりを拒むのよ。愛も、美も、記憶も……。だからこの書は、永遠をささやき続けるの。血を捧げれば、ページは応える」 言葉に合わせて、ナイフの刃先が紙に触れる。じゅ、と焦げるような音と共に赤い筋が広がり、書の奥から何かが囁いた。 耳に直接触れるような声――「まだだ」「もっと寄越せ」。 私は喉を押さえた。声が、血が、吸い取られるような錯覚。 瑠那は静かに微笑む。 「ねえ、先生……あなたの血で、このページを完成させてあげられる?」 「ごめんなさいね」 囁きと共にナイフが胸に触れた瞬間、視界が白く爆ぜた。 ――目を開けると、保健室の天井 胸には痛みも傷もない。けれど指先は赤黒く汚れている気がした。 カーテンの影から、魅亜が現れる。制服姿で、無垢な微笑。 彼女の手には……一冊の古びた本。 「先生……顔色が悪いですよ? 夢でも見ました?」 「そ、その本……」 「これ?」魅亜は軽く持ち上げる。「ただの古い詩集ですわ。迷信や噂話が好きな人には、魔導書に見えるのかもしれないけれど」 彼女はそう言って、ページをひらひらとめくった。 だが、めくる音の合間に――確かに私は聞いた。 「まだだ」「もっと寄越せ」と、血を啜るような囁き声を。 窓の外で、赤い月が不気味に揺れていた。
