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【長編01】動き出すクィーン・シズムンド爆破作戦
小さなバーに、二人の人影。黒のワイシャツとパンツルックの中性的な男『紅』とバーには似つかわしくないフリフリした紫のゴスロリ服を着た女『天ノ杓エリスロ』。二人ともアルコールは口にせず、静かに座り時を過ごしている。やがて入り口が開き、Tシャツを着た筋肉質の男『深海救太郎』がやって来た。深海は入り口のカギをかけ、先にいた二人のところへ向かう。 「すまんな、待たせた」 「構わん。時間通りだ」 「深海クン、飲み物注いで下さいよぉ」 深海は軽く顔をしかめたが、置かれていたピッチャーを無造作に取ると、中の水をエリスロのグラスに注いだ。エリスロはあまり満足した様子では無かったが、深海は気にせず席に座る。 「いよいよだな。豪華客船『クィーン・シズムンド』爆破作戦」 「たくさんの富裕層や一部要人の始末を期待できる大型作戦ですねぇ。でも、何で日本でやるんですかね~?紅サマは何か理由とか・・・」 「知らん。それはオジムが知っていればいい。俺はただ人を殺すだけだ。俺という“道具”に他の要素は要らない」 この三人は、国際テロ組織『テロリン』の幹部である。紅は加入後わずか二か月で三千人の命を奪い、総本部の幹部待遇となった殺し屋。深海はかつて海上保安庁勤めだった経験を活かし、海難救助隊を装って海の作戦での生き残りを駆逐する掃除屋。エリスロはアイドルとしての顔を持ち、被害を拡大させるためや作戦域から目を逸らさせるための陽動を行う囮。それぞれ、普通の工作員では実行の難しい特殊な技能を持つがゆえに幹部として扱われる存在だ。 「オジムの考えは俺もまだ分からんが、多分日本が一番油断させやすいんだろう。アメリカみたいな銃社会の国じゃ、乗客だってそれなりに警戒するしな」 「深海クンには聞いてませーん」 「エリスロ、煽るな。本題に入るぞ」 テロリンへの加入時期だけで見れば、エリスロが一番早い。だが、実質的な立場で言えば総本部の幹部である紅が一番上になる。紅の言葉で、残る二人も目つきが変わる。 「対象は大型客船であるクィーン・シズムンド号。12か国を巡る世界一周クルーズプランの途中、日本に寄港してゲストを船上に迎えパーティーを行う。この際、本来の定員数をややオーバーする見込みである事と、特別航海としてパーティーの間のみ200mほど沖合に出る事を加味し、そのタイミングで爆破する計画である」 「寄港した際、紅が船に潜入し爆弾を要所にセット。エリスロはパーティーで行われる船上ライブの為、ゲストと共に正規ルートで乗船して、陽動のためのライブを開催。で、爆破で船底に穴が開いたら俺の率いる掃除部隊が救助活動の名目で駆け付け、船内に留まっている生存者を殺して回るんだったな」 「エリスはライブの後速やかにスタッフに紛れたテロリンの皆さんと移動して、深海クンの乗ってきたボートで陸へ脱出でしたねぇ。紅サマはそれより一足早く小型艇で脱出して、陸から救命ボートの遠隔爆破をして脱出しようとした乗客を爆殺!ですよね」 テロリンの作戦は組織の長期的運用を考え、幹部級の人材を使い捨てる事はほぼない。また、『天ノ杓エリスロのライブでは必ずテロが起こる』や『深海救太郎が救助に向かった現場では生存者がゼロになる』などの悪い噂が立たないよう、作戦の頻度は控えめでありなおかつある程度の生存者が出るように計算されている。 「俺が救命ボートで脱出する連中を爆殺するため、基本的に生存できるのは深海の救助艇で陸に送られる人間だけになる予定だ。まあ、ドレスやスーツで海に飛び込んで200m先の港まで泳げる奴は生き残るかも知れんがな」 「まあ、大体の奴は死ぬだろ。掃除部隊は船員を優先的に始末するから、乗客に混乱が広がりやすい状況にはなるはずだからな。逆に人目につくところでは掃除部隊は救助活動を装う必要があるから、甲板付近じゃ殺人はできん。だから救命ボートを頼って甲板に集まってる富裕層の奴らは大体船の沈没と共に海に投げ出されて死ぬ」 「ドレスとか泳ぎにくいですもんねぇ。救命胴衣も爆破直前に工作員が撤去しちゃうわけですし、パニック状態じゃ余計に溺れやすいでしょうし。ああ~、ワクワクしてきましたねぇ」 三人は計画内容を話し合い、作戦へ向けて同調を強めていく。現在のところ、準備の遅れもさほどではない。紅が作戦に使用するための爆弾の材料が仕入れ不良になるなどのハプニングも、別ルートの仕入れで解決済みだ。 「あとの懸念事項と言えば、やはり江楠真姫奈か。あの女、毎回どこから情報を掴んでくるのか知らんがほぼ確実に邪魔してくるしな。現在は日本を離れ海外を飛び回っているようだが、いつ日本に現れるか分からん以上、警戒しておくに越した事は無い」 「以前、ハワイの人工島でテロやった時もあいつの手先に散々計画を狂わされたからな・・・あれは流石の俺も死ぬかと思った」 「出てこないといいですねぇ。あの女にかかると国家権力さえ手下と化すんですもん。何やってくるか分かりませんからねぇ」 テロリンの撲滅を目論む女探偵の邪悪な笑みを思い浮かべ、三人は重い息を吐いた。 「まあ、今は予定のプランを確認しよう。次はプランBの確認だな」 そうして、邪悪なテロ計画の作戦会議は夜遅くまで続いた。この計画の果て、世界はどう変わっていくのか。今はまだ、誰にも分からない。
