【フィルムカメラ】天国から見守る者

「おー、凪のやつ何とか生き延びてるな。こりゃ、天国の門の前で蹴飛ばして追い返す必要なさそうかなー」 私が時折カメラを構えつつあの世から現世を眺めていると、後ろから神経質な気配と羽音。見つかったか。 「茶楽さん、こんにちは。また下界の覗き見ですか。趣味が良いとは言えませんねぇ。これだからカメラマンと言う人種は」 この神経質な物言いの男性は、天使のミハエルさん。天国にいる死人の管理を担当している人・・・人？であり、天国に受け入れられた死人の『天国での過ごし方』を監視するのを担当する部署の部長さんだ。 「ミハエルさん、いきなり声かけられるとびっくりするんで、まず最初に『ハーヒフーヘホー！』って元気に掛け声を言いながら登場してくれませんかね。声質的に」 「このわたしをコケにしているのですか？そのような意味不明の掛け声、挨拶としてすら成り立ちませんよ」 「ほんのジョークですって」 「わたしが冗談が嫌いだという事をご存じでしょう。まったく、他者をイライラさせる事ばかりお上手ですね」 私にいいところがまるでないみたいに言うなし。 「ミハエルさん、私なんかに構ってていいんですかー。役職持ちのえらーい天使様は毎日お忙しいんでしょう？」 皮肉たっぷりに言ってやると、目に見えてミハエルさんの機嫌が悪くなる。 「あなたのような亡者がわたしの仕事を増やしているのですよ。そんなに下界の様子が気になるのなら、さっさと転生なさい。転生部にかけあって差し上げますよ？」 「いやー、現世に残してきたラッキースケベ体質の弟分が心配なもんで。転生したら見守れないでしょ」 「見守る必要などないでしょう。あなたが気にしている男性ですが、彼のそばにはアレがいるではありませんか」 アレ、ねぇ。アレこそマジで天使が何とかするべき案件なんじゃないかな。 「ミハエルさん、そのアレ・・・『藤巳幽魅』ですけど。天使が迎えに行ったりしないんですか」 「天国に迎え入れるのは善人の魂だけです。あの者はテロ行為に加担した過去があるため、行先は地獄ですよ。地獄行きの亡者を現世から引き剥がすのは死神の管轄です」 出た出た、こういう人に限って面倒事を他人に押し付けたがるよね。 「その死神が役に立たなかったじゃないですか。以前一個中隊の編成で挑んで、全員がキャンディに変えられて食われましたよね。挙句の果てに、地獄でも手に負えなくて封印してた山みたいにデカイ悪霊までけしかけたのに、おにぎりみたいに圧縮されてむしゃむしゃ食べられてたし。地獄の使いが手も足も出ないなら、もう神の使者である天使の出番でしょこれは」 「ご冗談でしょう。天使とはいえ霊的な存在に変わりありません。霊的な存在がアレに近寄るというのは、人間に例えればチェルノブイリに生身で突入するのと同義ですよ」 接近＝ジエンドなわけね。話が分からない相手じゃなさそうだけど、成仏する気が全く無いからあの世に案内しようとした時点で敵認定されるんだよね多分。 「茶楽さん、あなたが行ってはどうです？あの男性『早渚凪』という共通の知り合いがいるのですから、意外とフレンドリーに対応してもらえるかも知れませんよ」 「ダメだったら即消滅じゃないすか。流石にリスキー過ぎます」 もう駄目だな、これいつまで話しても平行線だ。向こうもそう思ったのか、藤巳幽魅の話は切り上げた。 「とにかく、下界を覗いていないで居住区に戻りなさい。クィーン・シズムンドで起きているあのテロ行為のせいで死人が大勢出ています。天国で迎え入れなくてはならない者も多いですから、あなたが居住区を離れている隙にあなたの居場所が他の亡者に割り当てられるミスが起きるかも知れませんよ」 「そのミスが起きたらそれはミハエルさんの部署のミスでしょ。それを私のせいにされても困りますよ。そんなだから部下から『見栄張るさん』って馬鹿にされるんですって」 「・・・その部下、どのような風貌でした？どこ住み？名前は何と申します？」 「自分の部下の事でしょ、自分で調べて下さいよ。んじゃ、私はミハエルさんの言う通り居住区に帰りまーす」 「お待ちなさい！帰るのはわたしの質問に答えてからになさい！」 神経質に騒ぎ出すミハエルさんを無視して、私は天国の居住区に戻る。 「凪、頑張れ」 風に溶けたエールはきっと凪には届かないけど。私はいつも、天国から凪の幸せを願っているよ。