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【長編09】Awakening
●SIDE:鈴白向日葵 何がなんなのか、私は全然訳が分からなかった。突然深海さんが早渚さんの足を折って、救助隊の人たちは私を押し倒して体をまさぐる。太ももやお尻、胸も触られて、パッドだってバレて嫌悪感と羞恥と恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃだったけど、はっきり分かったのは『私はここでこの男たちに犯されて、殺されるんだ』って事だった。 「やめ、離して・・・!」 もがいても全然振りほどけなくて、ついに私の抵抗にイラついたのか、彼らは私の足も折ろうとしてきた。足を持ち上げられ、膝に足裏を乗せられる。 「助けて!」 叫んだつもりだったけど、恐怖のあまり声が出なかった。ぐっと、膝に体重がかかったのが分かった。 「~~~~~!!!」 一瞬後に訪れる痛みから少しでも逃げようと、ぎゅっと目を閉じて体を固くする。ごき、と音が響いた。 「・・・?」 足が、痛くない。それに、膝にかかっていた体重が消えている。そっと目を開くと、深海さんがそこにいた。私の足を踏んでいた男を殴り飛ばした、そのままの姿勢で。 「深海さん!?あんた何を!」 「楽しんでいいって言ったじゃないですか!」 私を捕まえてた他の男たちも、混乱してる。深海さんがそっと口を開いた。 「俺にももう、よく分からん。救助隊の役目だとか、テロリンの使命だとか、面倒な事で頭の中がぐしゃぐしゃになってんだ。だからもう、やりたいようにしようと思った。・・・向日葵さんを、助けたいと思った」 “「ふふ、じゃあ海の上で私たちがピンチになってたら、その時は助けて下さいね?」 「ああ、任せろ。俺の手の届く範囲なら、必ず助ける。約束するよ」” いつか深海さんとした、そんな約束をふと思い出した。男たちは立ち上がり、深海さんと距離を取って拳銃を取り出す。その顔は、どう見ても敵を見る顔をしてた。 「あんた、テロリンを裏切るつもりか」 「いくら幹部と言えど、それは許されない」 「変な正義感募らせやがって、馬鹿が」 「よくも殴り飛ばしてくれたな。たっぷり礼をしてやるよ」 「五対一だぜ。勝ち目はねえぞ」 深海さんはそんなテロリストたちを前にして、全く動じなかった。ごきごきと拳を鳴らして構える。 「お前たちとは一緒に訓練や実戦を重ねてきたが、どうやら教え方が足らなかったようだな。俺の相手をするのに、たった五人で足りると思っているのか?」 言うや、深海さんが男たちに突進する。男たちは拳銃を乱射したけど、深海さんはその太い腕で急所を守りながら接近して、あっという間に五人とも叩きのめしてしまった。 「ば・・・バケモンめ・・・」 脳が揺れたのか、五人とももう気絶して起き上がる様子がない。深海さんは私と早渚さんの方に振り向くと、床に頭を擦り付けた。 「すまん・・・!」 謝罪の土下座。大柄な深海さんが、とても小さく見えた。 「早渚の言う通りだ。俺は人の命を救うヒーローに憧れて、人命救助の道を志したのに・・・一度世間からバッシングを受けたくらいで、全てを逆恨みしていた。人としての尊厳を踏みにじられそうになっている向日葵さんを見て、ようやく目が覚めた。俺は・・・俺は間違ってた・・・!」 ぶるぶると震える深海さん。その顔は見えないけれど、深い後悔が刻まれているに違いない。早渚さんは、骨折と銃創の痛みを堪えながら口を開いた。 「今はそれよりも、逃げよう・・・。紅が船底を爆破したんだろ・・・?逃げないと、じきにこの船は沈むんじゃないのか・・・?」 「あ、ああ。だが、逃げるには船から飛び降りる他無いぞ。俺達が突入して来たところはもう水中だろうし、この辺りに非常口や開く窓は無い。上まで行って、海に飛び降りれば俺のチームの最後の一人が救助艇で陸とこの船を往復しているのに拾ってもらえる可能性がある。この船の救命ボートはもう使えんからな」 やっぱり、早渚さんが言ってた通り救命ボートはダメなんだ。でも、もう船底付近も水没してるんじゃ、倉庫にも行けなくて救命胴衣も手に入らないって事だ。足を骨折してる早渚さんと、銃弾を何発も受けた深海さんの体で海に飛び込んで、ちゃんと生還できるかはかなり不安がある。 「と、とりあえずここにいても水没するだけなんですよね!?だったら、上に行きましょう!」 「うん・・・私はこの足だから、深海と向日葵ちゃんだけでも逃げて・・・」 「馬鹿言うな、お前を置いて行ける訳無いだろう。俺が背負う、お前一人くらい軽いもんだ」 深海さんが動けない早渚さんを担ぐ。私はスマホから瑞葵や父にかけてみるけど、やっぱり繋がらない。多分、この事故で回線が混んでるのかもしくはテロリンが妨害電波でも出してるのかも知れない。無事だといいけど・・・。 「深海さん、脱出経路って分かりますか?」 「ああ、事前に船の構造は頭に叩き込んである。こっちだ」 早足で動き始めた私達だけど、何階分か登ったら深海さんが少し辛そうだった。やっぱり銃で撃たれてるところに早渚さんを背負ってるから、かなり体が痛いんだと思う。けど、寄り添って支えたりしようにも狭いからかえって邪魔してしまいそう。もしここにいたのが私じゃなくて瑞葵なら、早渚さんを余裕で背負っていけたんだろうな。 「瑞葵ちゃんと大樹さん、無事かな・・・」 「合流してれば、大丈夫だと思います。瑞葵の怪力と父の武術なら、大抵の障害は無いも同然です」 「連れがいるのか。・・・甲板に行ってないといいが」 深海さんの懸念を聞いて少し怖くなった。知らないで救命ボートに乗ってたりしたら、爆弾で死んでしまうかもしれない。 「救命ボートの爆弾・・・で、でも救命ボートもそんなに数は多くないですし、最初に数回爆発すれば後の人は怖がって乗らないかも」 「いや、そうじゃないんだ向日葵さん。実は今、甲板には紅というテロリストがいる。奴はテロリン史上最高・・・いや最悪の殺し屋で、人殺しにかけて右に出る者はいないほどの怪物なんだ」 「紅が・・・!?くそ、どこまで抜け目が無いんだあいつは・・・」 早渚さんの険しい表情からして、本当に危険な人なんだろう。父でも勝てないくらいの相手だったりしたらどうしよう。そんな不安を抱えて移動する私たちの前、突然壁の一部が開いて中から男の人が現れた。 「紅!?」 深海さんが身構える。あの人が、さっき言ってた殺し屋・・・! 「深海・・・裏切ったのか」 静かにそう呟いた紅。私たち、今度こそ死んだかも。
