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【長編11】生還、そして明かされた陰謀
●SIDE:早渚凪 「大樹さん・・・娘さん達、無事で良かったですね・・・」 私は紅の小型艇に乗ってすぐ、真っ先に大樹さんに話しかけました。何故なら瑞葵ちゃんがうっかり「凪さん」呼びしようものなら、瑞葵ちゃんが誘った友達が私だとバレ、大樹さんに何をされるか分からないからです。流石にこの非常事態の中で骨折してる人間に追い打ちしては来ないと信じたいけど、私は大樹さんと今日初めて会ったのでどういう人かよく分かりませんから。 「ああ、ありがとう。・・・だが娘の誘った友人とは会えなかった、助かっているといいが」 その言葉を聞いて、瑞葵ちゃんは私を名前で呼ぶのを留まってくれたようです。危なかった。深海は小型艇のエンジンをかけて、港に向けて運転を始めます。腕の怪我は大丈夫なのかな・・・。 「向日葵を助けてくれてありがとう。礼を言わせてもらう」 「・・・っ」 大樹さんが深海に頭を下げると、深海は苦し気な表情を浮かべます。大樹さんは深海がテロリンだった事を知らないから、その表情を怪我の痛みだと思ったようでしたが。 「船、ひどい有様ですね」 瑞葵ちゃんが言う通り、クィーン・シズムンドから離れるにつれ、その惨状が良く分かります。立派だった客船はあちこち火の手が上がり、見る影もありません。 「あっ・・・!」 向日葵ちゃんが声を上げ、甲板を凝視しています。視線を追うと、甲板を走っている紅の姿が。手に拳銃を持っているところを見ると、爆弾の設定を終えてからまた甲板に戻り、逃げようとする生存者を一人でも仕留めようとしているのでしょう。悔しいですが、ここから出来る事は何もありません。 「海に飛び込んだ人たちは、大体救助されたみたいですね?」 「うむ、救助ヘリも来ているみたいだ。あれは金剛院グループのものだな」 金剛院・・・そうか、江楠さんが手を回したに違いない。最初から江楠さんの言う事を聞いていれば、瑞葵ちゃん達を危険な目に遭わせずに済んだのに。私のせいだ。 「早渚さーん!」 「おい、早渚。港で呼んでいる女がいるぞ。知り合いじゃないのか?」 身を起こしてそちらを見ると、花梨さんが手を振っています。晶さんが寄越してくれたんだな。深海は花梨さんのいるところに向かって船を進めました。花梨さんは私や深海の怪我を見ると、すぐにヘリを下ろさせて病院へ搬送するよう指示を出します。いったん瑞葵ちゃん達とは別れ、私と深海はヘリで病院に行くことになりました。 「あ・・・」 ヘリに乗せられる寸前、ついにクィーン・シズムンドが大爆発して海に沈んでいきました。紅は最後まであの甲板にいたのでしょうか。その答えを知る事も無いまま、私は意識を失いました。 ●SIDE:深海救太郎 早渚と共に病院に搬送された俺は、すぐに手術を受ける事になった。弾丸摘出と腕の縫合だったが、どうやら生存者の中では俺と早渚が一番重傷だったらしい。やはり俺が撃った連中や、俺の部隊の五人はあのまま死んだようだ。紅がどうなったかは分からないが・・・恐らく、生き延びただろう。 早渚も足の骨折に対して手術が行われ、今は俺と同じ病室に入院している。とはいえ俺の方は傷の経過さえ見れば退院可能で、早渚とは随分状況が違う。まあ、退院したところで極刑は免れないだろうが。 「やぁやぁ、早渚君。そして深海君。お加減はどうだい?」 江楠真姫奈が病室に現れた。その後ろからは、鈴白家の三人も入って来る。示し合わせて早渚の見舞いに来たってところか。 「江楠さん・・・すみません、私がちゃんと忠告を聞いていれば」 「ああ、そうだねェ。だがもう過ぎた事を言っても仕方がない。これからの話をしないとねェ」 江楠は俺を見てそう言った。成程な、俺に最後通牒を突きつけに来たというわけだ。 「そうだな。・・・俺はいつ裁かれる、江楠」 俺の言葉に、向日葵さんははっとして俺を見る。状況がよく分かっていない残りの二人は不思議そうに江楠を見た。江楠はその視線を感じたのか、何でもないように口にした。 「大樹サンと瑞葵君は知らないだろうが、この男、深海救太郎はテロリストだよ。あの船を沈めた連中の一派さ」 途端、瑞葵さんはぎょっとした顔で俺を見る。そして大樹さんは見舞い用だった果物ナイフを手にした。 「貴様が・・・!」 俺に向けられる明確な殺意。無理もない、俺はこの人やこの人の娘を死の危険に晒した。見たところサラリーマンだろうから、乗船していた中には取引先の相手もいただろう。その中の何人かは死んだかも知れない。 「待って、お父さん!深海さんはもうテロリストじゃない!」 向日葵さんが俺と大樹さんの間に割って入る。大樹さんは厳しい口調で向日葵さんをたしなめる。 「どきなさい向日葵。その男がやった事で何人も人死にが出ているんだ。すぐにでも警察に引き渡して、裁判にかけるべきだ」 「そんな事したら、深海さんが死刑になっちゃう!もしそうなったら、私も死ぬからね!」 そんな事を言い出す向日葵さんに、大樹さんは目に見えて動揺した。 「な、何を言い出すんだ」 「言ってなかったけど、私あの船の中でテロリスト五人に強姦殺人されかけたから。深海さんが助けてくれなかったら、今私ここに立ってない。冷たい海の底だよ」 「おねーちゃん・・・」 家族二人の視線を受けても、向日葵さんは揺るがず立っていた。だが、俺は彼女に守ってもらう資格などない。薄汚い犯罪者でしかないんだ。 「あー、向日葵君。君が何を言おうが、深海救太郎の扱いは変わりはしないよ。彼がテロリンを脱退しようが何だろうが、過去の罪は消えないんだ。償いの必要がある」 「江楠さん・・・」 江楠の言う通りだ。俺は許されてはいけない人間だ。この世に生きていてはいけない。 「だがねェ、私は使えるものは何でも利用する主義だ。元テロリンの日本支部幹部が組織を抜けて目の前に立ってる、こんな状況でただ殺すだけなんてもったいない事はしないさ。深海君、君はもうテロリンに未練は無いんだな?」 「ああ、それは誓って言える。俺は間違えていた」 「だねェ。実は昨年、君とハワイでやり合ってから調査したんだが」 江楠は書類封筒を取り出して俺に手渡した。中身は・・・『ヒアウィー号の沈没原因調査結果』だと!? 「君が世間から非難を受ける事になったあの事故、テロリンの仕業だと判明した」 「ま、まさか紅が・・・!?」 早渚がベッドから声を上げる。江楠は首を横に振った。 「いやいや、紅はまだその頃中国マフィアの殺し屋だ。紅とは無関係の当時の工作員だよ、やったのは。動機は深海救太郎を世間から孤立させるためだったのさ。オジムの命令でねェ」 江楠の話と、手元の書類。ようやく真相が飲み込めた。テロリンは俺を勧誘するべく、俺が救助に向かうだろう区域でテロを起こし、その後に俺以外の救助隊員を始末したんだ。そして世論を操作した。恐らく俺が船から脱出するところを撮影したのも、テロリンの関係者だったんだろう。 「つまり俺は、何も知らず奴らにいいように使われていたのか・・・!」
