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【長髪】麗しの男装令嬢
「やぁやぁ、どうされましたかハンス王子。そのように暗い顔をなさって」 王城に朗々とした声が響く。藤色の長髪を揺らした白き礼服の美青年がハンス王子へと歩み寄り、王子の憂いの表情を見て取ったのだ。 「あと数日で舞踏会を開かれるというのに。この僕も風の噂で聞き及びましたぞ、その舞踏会では妃となる女性を見出すおつもりだとか」 「ビオラよ、その舞踏会の事で僕はこうも悩んでおるのだ。もしも舞踏会で良き女性に巡り合えなければ、不満の残る結婚をする事になるのだろうか、と」 ビオラ、と呼ばれた美青年は王子の懊悩を前に、少し呆れたニュアンスを含んだ笑顔。 「良き女性が現れぬことなどありますまい。王家主催の舞踏会ともなれば、国の各地より貴族令嬢が我先にと馬車に乗って駆け付けましょう。一流の教育を受け、作法にも社交にも通じた彼女たちが揃いも揃って醜女などという事は、天地が返ってもありえませぬぞ」 「怖いのだ。そのように優れた女性たちだからこそ、この僕に呆れ果て、愛想を尽かさぬかと悩んでやまぬ。ビオラよ、僕の古き友人として頼みを聞いてはくれぬか」 「元より、僕はそのために登城いたしました。王や王妃が『我が息子が何やら苦悩しておるゆえ相談に乗ってやってくれぬか』と僕に一報を寄越したのです。・・・友として、キミの話を聞こうじゃないか、ハンス」 ハンス王子とビオラ。二人は王族と貴族という身分の違いこそあれど、同じ齢という事もあり親しい仲であった。ハンス王子にとってはただ一人の親友であり、幼馴染なのだ。 「ビオラよ、これは命令ではない。・・・どうか、僕の妻になってはくれまいか」 「おっと、そうきたか。ううん、成程。碌に話した事も無い貴族令嬢より、気心知れた『私』を娶りたいと言うのだね?だが、それは我が家の事情により叶わぬ事を、他ならぬキミは良く知っているはずだ。ほら、言ってごらん?」 「ハァ・・・『マルフィ家は男児に恵まれず跡取り不在の為、三女ビオラを令息として扱い家督を継がせるものとする』だったな」 「その通り、私は体も心も女ではあれど、身分の上では男なのでね。キミの妻にはなれない。キミの申し出を受けたいのはやまやまだが、それなら私とは別の跡取りを用意しなくてはならない。・・・貴族の家督を継ぐべき男児として養子に迎え入れる事ができる人材、そうそういないのは想像に難くないだろう?」 貴族の家系ならではの面倒な事情。ビオラが令嬢でありながらドレスに身を包まないのはそうした立場があるからだ。 「それにハンス、もしもそうした事情が無くてもこのタイミングはマズいよ。公式に明言されてはいないが、先に言ったように風の噂になっているんだ。『キミの妃を決める舞踏会』だとね。その開催を目前にして『ハンス王子ご婚約です』は通らないぞ。令嬢を送り込もうとしていた国中の貴族がこぞってクーデターを起こしかねない」 「参ったな・・・確か舞踏会にはビオラも出てくれるんだったな。もしその場で僕がビオラに結婚を申し出たらどうなるだろう?」 どうしても諦めきれない様子のハンス王子に、ビオラは皮肉めいた笑みで返す。 「残念だったね、私は『男』として出るんだ。貴族令嬢や町娘、大勢の女性が集う舞踏会だからね。貴族の男たちにも当然お呼びがかかっている。私も舞踏会では『僕』として振る舞うよ。キミが知っているかは知らないが、私は割と女性にモテるんだ」 「知っているさ・・・熱っぽい表情でビオラの事を話す者は、王城の下女の中にも多いから」 美しく凛々しい上、女性ゆえに女性に対する気遣いが細やかなビオラは女中や町娘など、身分の低い女性からは熱狂的な支持を受け、貴族令嬢にも目を掛けられている。正直なところ、ハンス王子よりも遥かに人気がある。 「では僕はどうすればいいんだ・・・貴族令嬢に気後れして町娘から妃を選べば、確実に貴族を敵に回すし・・・」 「いやぁ、貴族令嬢から選んでも貴族同士のしがらみに巻き込まれるよ。貴族である私が言うんだから間違いない。はっはっは、八方塞がりだねぇハンス」 実際のところ、誰を選ぼうが摩擦は起きる。選ばれなかった者達全員が不満を抱かないなどありえない。これもまた、身分ある人間ゆえの悩みと言えよう。 「笑い事じゃない。僕は結婚なんてしたくないんだ・・・するならビオラがいい」 「そこまで買ってくれているとは光栄です、王子様。だけどねハンス、これは長い人生の内のたったひとつの転機でしかないよ。難しく考えないで、可愛い子が来ればいいな、くらいに思っておきたまえ。キミがどこの女性と結婚したって、私はずっとキミの親友さ」 そこまで言ってから、ビオラは不意に纏う空気を変える。そっとハンスに耳打ちした。 「ただし、キミがどうしても私を愛したいと言うなら、夜の密会に応じるのも吝かでは無いよ。もし誰かに見咎められたら『男色の気がある不貞王子』とか言われちゃうだろうけど♪」 「~~~っ!」 ビオラの艶姿を思い描き、赤面するハンス王子。くくく、と楽しそうに笑うビオラ。 「もうよい!これ以上ビオラに相談しても解決せぬと見た」 「そうだね、結局はキミの心持ち次第さ。願わくば、一瞬で君の目を奪い捕らえて離さないような娘が現れんことを」 「ビオラより美しい娘などそうそういるものか。もし僕の目を奪うとすれば、それは美しい娘ではなくきっと珍妙で奇天烈な身なりの娘だ」 「丁度ハロウィンの時期だし、頭にカボチャかぶった女の子が来るかもね♪」 「そんな娘が来てたまるものか!」 ・・・しかし、運命とは実に奇妙なもので。実際舞踏会の会場には、頭にジャック・オー・ランタンをかぶった娘が現れたのであった。娘を追いかけた王子が頭を殴られて昏倒したり、王子が町中を練り歩いてその娘を捜したりと紆余曲折あったものの、ハンス王子とカボチャ娘『エラ』は結ばれる事となった。 ハンスとエラの結婚式にて、ビオラは惜しみない拍手を贈る。その目の端に光る一滴に秘められた想いは、ビオラの胸の奥深くに仕舞われ誰にも知られる事無く眠るのだった。 ※以前投稿した『カボチャかぶりのエラ』と同じ世界線の前日譚です。 原作のままだとエラ以外の女性陣が基本悪女ばっかりなので、話を回しやすくするために善意で王子をサポートする女性を入れたくて組み込んだのがビオラというキャラクターです。ただ、普通の貴族令嬢だと「なんでこの娘と結婚しないんだ」となるので、『男装令嬢』という形になりました。 ちなみに作中世界だとビオラが女性だと知っているのは王家とマルフィ家くらいで、他の人はビオラを『中性的で線の細いイケメン』だと思っています。 【ハロウィン】カボチャかぶりのエラ https://www.aipictors.com/posts/669391
