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【クリスマス】不機嫌な雲母ちゃん
今日はクリスマスだけど、彼女も子供もいない僕には特別な日とは言えない。小学校も冬休みで、家の前を通るロリたちを眺める楽しみすら奪われている。 「今日は一日引きこもってよう」 そう決めた僕だったが、そんな時に限ってインターホンが鳴る。出て見ると、なんとマイカちゃんが訪ねて来ていた。けど、その目尻には涙が浮かんでいる。 「えっ、どうしたのマイカちゃん!?なんで泣いてるの!」 「うるさい、泣いてない」 僕の脇をすり抜けて、こたつに直行するマイカちゃん。僕は事情が呑み込めなかったけれど、とりあえず少しでも気分が上がればいいかなぁと思ってクリスマスツリーを引っ張り出してマイカちゃんのかたわらに設置してみた。 「・・・嫌い。クリスマスなんて、嫌い」 普通子供たちはクリスマスを楽しみにしてるはずなのに、マイカちゃんはそんな事をぼやいた。プレゼントが貰えなかったとか?いや、分家とはいえ世界的財閥の銀嶺堂のお嬢様がプレゼント貰えないなんてあるはずない。何と声をかけていいか分からず途方に暮れていると、またインターホンが。今度は銀島さんだった。 「突然お邪魔してすんませんねぇ、小山内さん。見ての通り、お嬢が癇癪を起こしてまして」 「してない。銀島のバカ」 マイカちゃんは相当不機嫌みたいだ。銀島さんが持参したクリスマスケーキをマイカちゃんの前に出すと、やけ食いみたいにマイカちゃんはケーキを食べ始める。絶対に何かあったんだ。僕は銀島さんから事のあらましを聞く事にした。 「何かあったんですか?」 「ええ。イブの夜なんですがね、お嬢はご両親と一緒に食事するって約束してたんです。ところが、夕方になって『仕事が入ったから今日は帰らない』と連絡があったんでさぁ。普段から一緒に晩メシ食うなんて滅多にねぇってのに、クリスマスイブまでそれを反故にされちまって。それでも一晩はこらえてたんですがね、今朝になってドカーンですわ」 そっか・・・マイカちゃんにとってはきっと、プレゼントとかよりもご両親が一緒に過ごしてくれるのが何より楽しみだったに違いない。 「旦那様・・・お嬢の御父上にその件を連絡したところ、それでも帰れないってんで。じゃあどうすんですかいって聞いたら、『例の男に父親代わりとして遊んでもらえばいいだろう』と」 「例の男・・・それ僕ですか?」 銀島さんは頷くと、懐から分厚い封筒を出して僕に握らせた。 「交際費でさぁ。50万ありやす、これでお嬢とどっか遊びに行ってやってくだせぇ。急ですんませんが、小山内さんくらいしか頼める相手がいないもんで」 「いやいやいや多い多い!こんなのいらないですって!」 「旦那様の気持ちだと思って受け取ってやってくだせぇ。余ったら懐に入れちまっていいって話ですぜ。あ、それとも足りやせんか?」 「不足する訳がないでしょう!?」 銀嶺堂家の金銭感覚は、やっぱり庶民とは違うようだ。何だ50万円って、海外でも行けと? 「とにかく、あっしとしても旦那様に『お嬢と小山内さんはこういうクリスマスを過ごしました』って報告する義務があるんでさぁ。小山内さんがお嬢と遊んでくれねぇと、あっしのクビが飛ぶんですがね」 「もう脅迫じゃないですか・・・ああもう、分かりました。ちょっと考えます」 さて、どこがいいだろう。折角だし、温泉旅館とかどうかな。家族風呂あるところ。 「小山内さん、分かってるとは思いやすが『父親代わり』と言ってもお嬢と一緒にお風呂入ろうとか思っちゃいけやせんぜ?そんな事されたら、小山内さんをあっしと一緒に太平洋海底無限宿泊ツアーに参加させなきゃならねぇ」 なんでバレた。くそぅ、別のところを考えなければ。 「♡」 マイカちゃんが気持ち良さそうに温水プールで遊んでいる。僕はマイカちゃんを市民プールに連れて来たのだ。普段は小学校のプールと自宅にある自分用のプール、後は高級ホテルのプールしか使った事がないというマイカちゃんは、市民プールは初めてらしい。 「お嬢の機嫌、ちょっとは直ったみてぇで何よりでさぁ。ここは紋々背負っててもいいとこですし、小山内さんの場所選びは流石ですわ」 パーカーを着た銀島さんも、もちろん一緒に来ていた。やはりと言うか、どうやらパーカーの下には刺青があるらしい。周囲の人も何となくそれを察しているのか、怖がって銀島さんから距離をとって目を逸らしている。 「しかし、冬にプールたぁ面白ぇチョイスですな。何でここにしようと?」 「そりゃマイカちゃんのはだ・・・肌!肌が見たかったもので」 危ない、うっかり裸って言いかけた。太平洋の海底に永住はしたくない。 「小山内さん、それあんま誤魔化せてませんぜ。頼んますから、警察呼ばれるような真似はやめてくだせぇ」 僕だって警察は嫌だ。だけどマイカちゃんの体は見たい。特にプールサイドにしゃがんだマイカちゃんをプールの中から見るのは絶景である。 「銀島うるさい。おじさんをあんまり困らせないで、ただでさえご迷惑かけてるんだから」 マイカちゃんがプールの中から、プールサイドの我々にそう声をかけてくる。気持ちが落ち着いたのか、僕に迷惑かけてるって思考に至ったらしい。これならもう大丈夫かな。根本的な解決にはなってないけど。 「それと、銀島はパーカー着てても怖いから周りの迷惑。こういうとこ来ないで」 「お嬢、そりゃないでしょう。あっしだってお嬢を見張る仕事なんですから」 プールサイドにヤンキー座りでしゃがみこみ、マイカちゃんと話す銀島さん。マイカちゃんはいつも以上のジト目になると、両手を組み合わせた水鉄砲で銀島さんの股間を狙い撃った。グリーンの水着の股間に目立つ濡れ跡ができる。 「ちょ、お嬢?」 「きゃー!この怖いおじさん、プールサイドでおしっこ漏らしてるー!」 突然マイカちゃんが銀島さんを指差して叫んだ。その声に、今まで目を逸らしていた他のお客さんたちが一斉に銀島さんに視線を集中させる。銀島さんは急展開にしどろもどろだ。 「ちょちょちょ、お嬢!タチの悪ぃ冗談はやめてくだせぇ!」 「やだー、きたなーい!助けてパパー!」 ぱしゃぱしゃと僕のところに泳いでくるマイカちゃん。追いかけてこようとする銀島さんだったけど、監視員がやってきて銀島さんに声を掛けた。 「すみません、ちょっと事務室の方へご足労願えますかね。場合によっては警察呼ばないとなので」 「えっ、あっしですかい!?いやあっしは何もしてねぇですって!」 しかしここで監視員に暴力を振るおうものなら本当に警察なので、結局銀島さんは事務室に連れていかれた。マイカちゃんはそれを見て口角を上げる。 「銀島がいたら、おじさんとゆっくり落ち着いて泳げないもの。それにこれで、銀島も恥ずかしくてパパに詳しい報告できないはずよ」 「はは・・・」 僕が変な風に報告されるのを防ぎたかったのかな。意外とすごい事するなマイカちゃん。 ちなみに後日、銀島さんはきっちり全部報告を出したらしく、マイカちゃんはお父さんから怒られたらしい。これも良い経験だね、マイカちゃん。
