【毛糸玉】落とし物を拾ったのは

「おう兄ちゃん、これ落としたでぇ」 「えっ」 商店街で買い物帰りの僕に、急に後ろから声をかけてきたのは随分と強面のお方。歳は僕と同じくらいだけど、筋肉質な肉体とスーツの内側に着こんだアロハシャツ、金のネックレスや透明度の低いサングラスといったいかついアクセサリーに、ドレッドヘアのオールバック。絶対その筋の人だと思った。その人が、赤い毛糸玉を僕に差し出している。 「あ、あの何かの間違いでは」 「何言うとんねや、兄ちゃんの抱えた紙袋と糸が繋がっとるやんけ」 確かにその人の言う通り、僕が買った毛糸玉に間違いない。参ったな・・・寒くなってきたからマイカちゃんに毛糸のパンツを編んでプレゼントしようと思って買ったから、つい妄想していて落としたのにすぐ気付けなかった。だってしょうがないよね、可愛いロリっ子が僕の手編みのパンツを毎日履いてくれる事を妄想してたら注意力散漫にもなるよ。 「あ、あー。ありがとうございました。えと、何かお礼を」 「ええてええてそんなもん。兄ちゃん、あんたアレやろ、小山内さんやんな？」 ぎくり、とした。どうして僕の名前を。 「誤魔化しても無駄やでぇ。『小山内 湖寿輝（おさない　こずき）』さん。今年で29歳のラーメンブロガーで、重度のロリコンさん。最近小学生の女の子をよう自宅に連れ込んどるそうやないか。悪いやっちゃなぁ・・・のう？」 「あわわわ・・・」 エセ関西弁で並べ立てられた情報は、全て間違いない。この人、僕がマイカちゃんを家に上げてるのまで知ってる。 「よその小学生を家に連れ込んどるなんて、一発アウトやろ。警察呼ばれたらかなわんよなぁ・・・兄ちゃんが誠意を見せてくれたらあっしの口もチャックできそうやけど」 「ひいい」 恐喝だ。どうしよう。でも払うしか・・・と思っていたら。 「アババババ！」 突然、怖い男の人が痙攣した。ばたっと倒れたその背後にいたのは・・・。 「マイカちゃん！」 銀嶺堂雲母ちゃん。最近学校帰りに僕の家に寄るのが日課になってる小学三年生の女の子。手には何かピンクのものを持ってる。 「お、お嬢・・・いきなりスタンガンはあきまへんがな」 「うるさい、銀島。うちの評判を落とすような振る舞いするからよ」 お嬢？マイカちゃん、この怖い人と知り合いなのかな。しばらくすると、男の人は復活した。 「いやぁ、えろうすんません。お嬢が仲良ぅしてもらっとるお人やから、一回ちゃんと話をしてみたかったもんで」 「ろりこんのおじさん、これはうちの執事『銀島』。前に言った私の見張り役」 執事・・・にしては随分と強烈な格好をしてるけど。 「あっしの組長（オヤジ）が銀嶺堂家には世話になっとるもんで、恩返ししてこいと言うんですわ。で、あっしがお嬢の護衛として雇われたってわけですわ」 「ああ～・・・」 護衛としてなら、怖い格好も頷けるかも。こんな人がいたら、大抵の変質者は近づけない・・・いや待って、それ以前にこの人の方が通報されるよね。今、組長って書いてオヤジって言ったもん。 「銀嶺堂家って、なんかこう・・・もっといかにもSPですって感じの護衛がいるものだと思ってました」 「そりゃ本家の方でさぁ。お嬢は分家ですんで、本家ほど雁字搦めじゃねぇもんで」 「分家？」 「ええ。銀嶺堂にはいくつか分家がありましてね、本家と同じ苗字のお嬢の家の他にも、白峰家、銀河家、鈴白家、各務原家とか色々あるんでさぁ」 なるほど、マイカちゃんがいいところのお嬢様なのにやたら警備がゆるゆるなのはそういう背景があったのか。本家ほど大金持ちじゃないと。 「銀島、私はまたこのおじさんの家に寄るから。外で見張ってなさい」 「へいお嬢。小山内さん、お嬢を頼んます。一応言っときますが、お嬢に何かあったら・・・」 「あったら・・・？」 ごくり、と僕はつばを飲み込んだ。銀島さんはにやっと笑って続きを口にする。 「拳銃、ドラム缶、乾燥生コン、太平洋。ヒントはこんなもんでさぁ」 「あっはい」 僕、今までマイカちゃんにエッチな悪戯してなくて良かった。もししてたら、今頃僕はこの人に消されてるよね。これからも気を付けよう。