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【ビキニ】孔雀の海遊び
「・・・様!七郎様!」 「お、おお?」 七郎はふと我に返った。ここは家より山を一つ越えたところにある砂浜、天気は快晴。そして目の前にいるのは、『びきに』なる衣類に身を包んだ美しい少年。猟師として生計を立てる七郎がかつて助けた孔雀が人に化けた妖である。 「七郎様、お加減が優れませぬか?無理もありませぬ、今日は猛暑にございますゆえ」 「う・・・うむ。であるな」 本当は目の前の美しい孔雀に見とれていただけであったのだが、七郎はその事については口を噤んだ。 「七郎様もお召し物を脱いではいかがでしょうか。私のこの服のように肌をさらせば、潮風が涼しゅうございますよ」 「い、今はまだよい」 七郎は己のふんどしの中の状態を鑑みて、孔雀のその提案を断った。 (ええい、何と破廉恥な衣類なのだ、あの『びきに』というものは。西洋にはあのような衣類が当たり前にあるとでも申す気か。幕府が貿易に乗り気でないのも得心がいく。あのような格好のおなごや若衆が世に溢れれば皆が淫蕩に耽ってしまうというものよ) そもそも孔雀が『びきに』を手に入れた経緯は、七郎が留守にしている間に怪しげな商人が孔雀に売りつけたからなのだ。『時を渡る船』とやらに乗って現れたその者は、フリフリした飾りのついた異国の服装をした女だったという。そして、孔雀の羽一枚と引き換えに『びきに』を置いて行った。「ピピー。これを着て迫れば大抵の男性はイチコロと判断します」という謳い文句に、まんまと孔雀は乗せられたそうなのだ。 「この『びきに』というものは水場で遊ぶときに着る服だそうですので、今日は海にお誘いしたのです。滝浴みでは山の獣たちに何と言われるか分かりませぬゆえ」 「・・・うむ、人里に降りたはずのお主が急に破廉恥な服を着て戻ってきたら山の獣らもさぞ驚き、腰を抜かすであろうな」 それに、七郎が普段から猟をする山中の滝では、ふとした事で顔見知りに見つかる可能性も高い。それは極めて状況が良くなかった。 「ときに孔雀よ、お主はわしの知り合いと話す際、あえておのこだと明かしておらぬな?」 「ええ、お上により衆道は取り締まられておりますゆえ」 「おかげでわしは大層妬まれておるのだが」 七郎の周りでは「七郎にえらいべっぴんな嫁が来た」という噂でもちきりになり、その姿を一目見ようと家を訪ねた者たちには孔雀が丁寧に応対する。ゆえに、 「七郎おめぇあんな器量の良いおなごをどうやって娶った!」 「あのおなごとおめぇじゃ月とすっぽんだべ!」 「爆ぜれ!」 「爆ぜれ!」 と大騒ぎになっているのである。 「七郎様はそれでお困りでしたか。しかし、そうなるといかがしましょう。孔雀だと名乗れば化生のものと看破され、『七郎をとり殺す気か!』と思われてしまいましょう。かといって人としての名前は持ち合わせておりませぬ」 「では今度から人前では供洒九郎(くじゃくろう)とでも名乗るがよい。これならおなごには間違われる事はないじゃろう」 七郎が適当にそう言うと、孔雀は嬉しそうに微笑みます。 「七郎様が名を下さるとは・・・光栄の至りにございます」 そして孔雀は波間へと歩みを進め、七郎を振りかえり手を振りました。 「七郎様もおいで下さい、冷たくて気持ちがよろしいですよ」 「うむ」 ふんどしの中は幾分落ち着いていた。七郎は着物を脱ぎ捨て、ふんどし一枚の姿になると孔雀のもとへ歩み寄る。冷たい海水が火照った体を冷やしていく感覚に生き返る心地を味わいながら、七郎はしばし孔雀と遊んだ。水を掛け合ったり、沖合の岩まで泳ぐ速さを競ったり。しかしその内に、思いもよらぬ事が起きた。 「おや、びきにが取れて流されてしまったようです」 「何と!?」 七郎が見ると、孔雀の胸を覆っていたびきにが無くなっていた。きめ細やかな肌が海水に濡れて艶やかに光るその様に、七郎の心拍は上がっていく。 「く、孔雀よ何を呆けているのだ。早ぅ胸を隠さぬか」 「ふむ?私はおのこにござりますれば、胸板など見られても恥じらう道理はありませぬ。まして、今見ているのは七郎様だけにございますよ?」 「良いから隠せ。わ、わしはお主の肌を万一にでも他の者に見られとうないのじゃ」 言ってしまってから、しまったと七郎は悔やんだ。しかしもう遅い。孔雀は嬉しそうに、しかし妖艶に微笑んだ。 「なるほど・・・七郎様、さては私めに欲情しておりましたか。あの商人の言う事はまことであったと」 「ま、待て早合点するでない」 「そういう事であれば、私が責任を持って七郎様の猛りを鎮めねば。丁度、あちらに人目につかぬ岩場がございましたね。さあ参りましょう」 孔雀は七郎の手を握り、強引に浜へと連れ戻そうとする。七郎は慌てて制止するが、もはや孔雀は止まらなかった。浜に上げられ、岩陰に連れ込まれる七郎。 「ま、待て孔雀よ!今はまだ昼日中ではないか!外で致すなど、誰かに見咎められたらどうするのじゃ!」 「そうは言っても、七郎様のお身体は正直にございますよ?もう我慢ならぬとばかりに震えておいでではありませんか」 「これは急に海から上がったから震えておるだけで・・・ま、待て!待て!あっ、そこは・・・ぬふぅ♡」 ちなみに後日、七郎の友人に対して七郎からもらった名前を名乗った孔雀であったが。 「七郎おめぇあんな器量の良いおのこをどうやって手籠めにした!」 「あんなめんこいおのこ、おめぇにはもったいねぇべ!」 「爆ぜれ!」 「爆ぜれ!」 そう言った嫉妬の声は相変わらずであった。 「どうなっておるんじゃこの村は。わしら、他所へ移った方が良いのだろうか」 「爆ぜれ!とは穏やかではありませんものね。七郎様、もしよろしければ私の方から『七郎様のご立派様は毎晩爆ぜておられますよ』とご説明しておきましょうか?」 「やめよ。断じてならぬ。そのような事を口外すればわしは本当に死ぬかもしれん」
