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閃光のミラージュ【静かな午後、チャイの香り】
窓から差し込む昼下がりの光が、カフェの木目をやさしく照らしていた。 劉妃は静かな席に腰を下ろし、白磁のカップへとゆっくり紅茶を注ぐ。 立ちのぼる湯気に、ほんのりと混じるスパイスの香り――チャイ。 この店でそれを見つけた瞬間、彼女の胸に小さな驚きが走った。 珍しい。けれど、どこか懐かしい。 砂糖を少しだけ落とし、スプーンで静かに混ぜる音が、午後の時間に溶けていく。 カップを口元へ運ぶと、甘さの奥に残る刺激が、思考をほどいた。 任務の合間でも、誰かを探るためでもない。 ただ“劉妃”として、味わう一杯。 窓際に頬杖をつき、外を行き交う人々を眺める。 忙しさの影に隠れていた心が、少しだけ軽くなるのを感じた。 彼女は微笑み、もう一口―チャイの温度を確かめる。 (こんな時間が、また来ればいい) やがてカップは空になり、余韻だけが残る。 穏やかな香りと、静かな満足感。 それは次の一歩へ向かう前の、ささやかな休息だった。 劉妃はそっと立ち上がり、窓に映る自分に一度だけ目を向ける。 午後はまだ続く。 けれど、このチャイの記憶が、彼女の歩みをやさしく支えてくれるのだった。
