蒼穹のフロンティア【夜航の封蝋(やこうのふうろう)】
空母の個室に流れるのは、低く安定したエンジン音と、窓の外に広がる星の海。 まだテンペストへ配属される前の物語―― セリス・ハワードは、地上部隊所属の士官として、この巨大な艦に乗り込んでいた。 昼は規律と命令の世界。 夜になると、彼女は制服の袖を整え、机に向かう。 白い封筒に綴られる文字は、作戦報告書とはまるで違う。 不安も、寂しさも、決して書けない言葉も、丁寧に選ばれた言葉の行間に滲ませながら―― 遠く地上にいる恋人へ、想いを託す。 赤い封蝋を押すその手は、戦場で引き金を引く時よりも、ほんの少し震えていた。 それでも、印章が刻まれた瞬間、彼女の表情は穏やかに整う。 「必ず帰る」 その誓いは声にはならず、蝋の中に封じられた。 やがて彼女はテンペストへ配属され、もっと激しい宇宙(そら)と、もっと重い決断を背負うことになる。 けれど、この夜。 空母の一室で手紙を綴っていたこの時間こそが、 セリス・ハワードが“戦士”になる前、最後に守っていた日常だった。
