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アトラスの教え
【前日:執務室の片隅にて】 明日の作戦会議に備え、対カオス分室の夜は更けていた。 轟(ブロント)少尉はパソコンの前で、なにやら検索していた。 画面には、ギリシャ神話で天球を肩に担ぐ巨人の雄姿が映し出される。 「……なるほど。これが『アトラス』。この強靭な精神と肉体を持って明日を迎えるべきだな!!」 デスクに置かれた分厚い『世界地図帳(アトラス)』には目もくれず、彼女は画面の中の巨人と自分を重ね合わせ、一人で深く納得していた。 【当日:作戦会議直前】 「むっ、この地図には、必要な補足があったはず。電子化されてないとは……。少尉。アトラスを頼む」 リゼット少佐のその言葉は、ブロント少尉にとって「出撃の合図」に等しかった。 「はっ、お任せください! 若菜少尉、手伝ってください!! 勢いよく頷くと、若菜少尉の側にすっとよるブロント少尉。 「えっ?」 ブロント少尉は鮮やかな動作で片膝をついた。 「フンヌ!」 石油ポリタンクを担ぐような手慣れた手つきで、若菜少尉を右肩の上に「鎮座」させる。 両足を揃えて肩に乗せられた若菜少尉は、不安定な高さに顔を真っ赤にしてブロント少尉の頭を掴んでいる。 「あっ、なんで私を持ち上げる……」 ブロント少尉は、あたかも金剛力士像のような謎の表情で力を込める。 「……わっ、私そんなに重くないですよ!」 「若菜少尉軽すぎです。地球の代わりになりません。もっと食べましょう」 顔芸に近いほど力んだ表情で、ブロント少尉はそのまま立ち上がろうと踏ん張る。 その光景を、リゼット少佐は数秒間、無言で見つめていた。 目が合ったブロント少尉は、顔芸のまま嬉しそうに笑い……。 「……リゼット少佐、私はとてもあなたのようにうまく地球を支えられません。お手本を見せてください」 「誰が地球ですか」 少佐はため息すらつかず、デスクの隅に片付けられていた本の中から、一冊の冊子を静かに引き抜いた。 「こうだが?」 すっと差し出されたのは、年季の入った紙の地図帳だ。 「……え?」 と固まるブロント少尉の肩の上で、若菜少尉もポカンと口を開けている。 「轟少尉。貴官は無駄に知識が豊富で発想がユニークだな。……早く若菜少尉を下ろしなさい。重力に無駄な抵抗をする時間はない」 リゼット少佐の冷静な皮肉が、熱気に包まれていた執務室の温度を数度下げた。
