チェルキーの模範演技:胃袋と戦場を制する者
「ふひひ、次は料理栄養学科の、チェルキー助教の演武ですぞ!」 賢者の学院・演習場に、シャーリーの楽しげな声が響いた。 「えっ、美食の巫女様が?」 「料理の先生でしょ?」 「え、あの人も跳ぶの?」 ざわめく学生たちの視線が、一斉に一人のドワーフへと集まる。 「ちょっと……なんでわたしが……」 腕を組み、困ったように眉を下げたチェルキーは、小さくため息をついた。 「ふひひ、存じておりますぞ。 食はすべてに通じる。 食を極めるためには、すべてに通じなければならぬと」 「……それ、誰の言葉?」 「デリシア神のお言葉ですな!(たぶん)」 「……しょうがないね……」 観念したように肩をすくめ、チェルキーは武器棚へと向かう。 そこに並ぶのは、彼女の愛用する長柄のグレイブ――ではなかった。 彼女が手に取ったのは、 小振りで扱いやすい、片手用のアックス。 「今日は調理実習じゃないから。 取り回しのいい道具で行くよ」 その言葉に、何人かの学生が首をかしげた。 ――次の瞬間。 チェルキーは、跳んだ。 ドワーフとは思えない軽さで、床を蹴り、壁に足をかけ、 まるで“地形の味見”でもするかのように、次の足場を即座に選び取る。 重心は低く、無駄な動きはない。 しかし、決して鈍重ではない。 瓦礫を踏み、柵を越え、屋根へと駆け上がるその姿は、 鍋の中身を焦がさぬよう火加減を読む料理人そのものだった。 「……見て。あの人、斧を振ってない」 誰かが呟く。 そう、チェルキーは振り回さない。 斧は常に“そこにある”。 跳躍の頂点、着地の瞬間、身体の流れの中で、 必要な位置に刃が自然と来る。 ――ガンッ。 障害物に見立てた木柱が、正確に断たれた。 「うわっ……」 「今の、速くない……?」 「違うよ」 リリスが、低く呟いた。 「速いんじゃない。 間違えないだけだ」 最後の着地。 チェルキーは軽く膝を曲げ、息一つ乱さず立ち上がる。 「……はい、おしまい」 斧を肩に担ぎ、照れたように頬をかく。 「食材も、身体も、道具もね。 ちゃんと理解すれば、無理はしなくて済むんだよ」 一瞬の沈黙。 そして、遅れて、拍手が広がった。 「ふひひ! さすがですぞチェルキー助教! 胃袋も戦場も、見事に制してみせましたな!!」 「もう……余計なこと言わないで」 そう言いながらも、チェルキーは少しだけ誇らしげに笑った。 「……でもね」 学生たちを見渡し、静かに続ける。 「ちゃんと食べなきゃ、 どんな身のこなしも、長くは続かないよ」 その言葉は、 派手な魔法よりも、鋭い刃よりも、 確かに学生たちの心に残った。
