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無意味な一撃への畏敬:対カオス分室・武術訓練
武道訓練場の床に、ブロント少尉のブーツが静かに着地した。 「……こんなものでありますか?」 ブロント少尉は、ミニスカートに黒の軍服といういでたちで、たった今、常識では考えられないような軌道の回し蹴りを披露したばかりだ。 その一撃は、訓練用のサンドバッグを完全に破壊し尽くし、周囲に風圧の渦を残した。 気まぐれにやってきて、気まぐれに実力を見せつけた彼女は、満足するとすぐに背を向けて歩き出す。 「もう十分であります。お腹が空いたので、帰還します」 その背中を、道着姿の若菜少尉がじっと見つめる。 (ブロント少尉なら、私が蹴ったところで、きっと普通にかわすだろうな……) 普段から、ブロント少尉の動きは予測不能だ。 真正面からでは決して捕まえられない。だが、一瞬の隙を突けば……? 若菜少尉の表情に、悪戯っぽい好奇心が宿った。 声をかけることなく、彼女はスッと距離を詰め、渾身の左足での前蹴りを繰り出した。 若菜少尉の蹴りは、狙いすまされた軌道でブロント少尉の背後へ迫る。ドス! ……という衝撃音は、やはり鳴り響かなかった。 ブロント少尉の黒いミニスカートの左端が、まるで微かな風に吹かれたかのように、ふわりと小さく揺れる。 若菜少尉の蹴り足は、ブロント少尉の体をかすめ、そのまま真横の何もない中空へと伸びていた。 蹴り脚を突き出し、その足裏を正面に向けたまま、若菜少尉は硬直する。 (……え?まさか、今ので無意識に避けたの!?) 避けるだろうとは予想していた。 だが、ここまで完璧に、しかも全く気付かずに回避されるとは夢にも思わなかった。 その時、ブロント少尉が足を止め、正面を向いたまま、顔だけを少し後ろに傾けて振り返った。 ブロンドのポニーテールが僅かに揺れる。 「んん……? 何か、かすったような……不思議な風が吹いたでありますか?」 可愛らしい困惑の表情を浮かべるブロント少尉の頭上には、小さなクエスチョンマークが見えそうだ。 蹴りの直撃どころか、攻撃を受けたという認識すら皆無。 ただの「風」で処理されている。 若菜少尉は、渾身の一撃が巻き起こした「微風」に対する、そのあまりに無垢な反応を見て、呆然とした。 「やっぱり……ブロント少尉は、すごいな~」 努力と常識が通用しない、カオスな日常の訓練は、こうしていつもブロント少尉の無意識の無敵さによって幕を閉じるのだった。
