【ドラムセット】機械のようなスティックさばき

今日は久しぶりに花梨さんの演奏を観にライブハウスへやってきました。するとドラムセットのところに見慣れた顔が。 「コマメちゃん？」 金剛院邸のメイドロボット・コマメちゃん。何で花梨さんと一緒にステージに上がってるんだろう。 「あの新顔の彼女だろ？前のドラマーが本職の方の人事異動でいなくなっちまったからな、ミス・サッカリンがどっからか引っ張って来たんだ」 サッカリン・・・ああ、花梨さんか。久しぶりに聞いた呼び方だから忘れかけてた。 「正直、動きも会話もちょっと変なテンポの子だから期待してなかったんだ。けど、演奏を始めたら俺達が間違ってたってすぐに分かった。コマメのリズム感はヤベェよ、どんな時でも機械のように正確なんだ」 機械ですからね、コマメちゃん。全く同じテンポで全く同じ動きを繰り返すのは得意中の得意でしょう。しかしドラム演奏ができるくらい機敏な動きが出来るとはちょっと予想外でした。もしかしてまたパーツ変えたのかな。 私は彼女らの演奏を楽しんだ後、金剛院邸への帰り道になる路上で出待ちをしました。ライブを終えた花梨さんとコマメちゃんが姿を現します。 「こんばんは、花梨さん、コマメちゃん」 「パパー」 コマメちゃんがとてとて・・・というには重厚過ぎる金属音をガションガションと鳴らして小走りで私に抱きついてきます。硬い、そして重い。 「こんばんは早渚さん。コマメがステージの上から早渚さんを見つけたって言ってたので、多分帰り道で会えると思ってました」 花梨さんは上機嫌。コマメちゃんと違って抱きしめたら柔らかそうです。ハグしたら怒られるかなぁ。 「プー。パパの視線がいやらしく花梨先輩に突き刺さっているのを検知しました。コマメのハグでは不満ですか。不満ですか」 キュイーン、と駆動音を響かせ、めきめきと私の体を締め上げるコマメちゃん。やめて、死んじゃう。 「全然不満なんてないよ、すごい嬉しいな！コマメちゃん頑張ってたね、えらいえらい」 急いでそう口にしながらコマメちゃんにハグを返すと、急にぐい、と突き放されました。 「パパ、瑞葵さんという恋人がいながら安易なハグは良くありません」 「急に梯子外すじゃん」 ちょっと見ない内にすごいAIが成長してない？思春期の娘の思考が読めない全国のパパの気持ちがちょっと分かった気がする。そんなやり取りを経て、私たちは帰り道を歩き始めた。 「コマメは早渚さんと話せてはしゃいでいるんですよ。実は演奏後、ステージの上から早渚さんにダイブしようとしてたみたいで」 「花梨先輩に身振りで止められました。残念です」 「花梨さんありがとうございます」 コマメちゃんの重量って『人間と同一体積の金属の塊』だからなぁ、ダイブなんてされた日には全身骨折は免れない。下手すれば死ぬ。 「しかし、コマメちゃん随分と動きが機敏でしたね。胸のバッテリーサイズ、見たとこ標準型みたいですけど」 「新型ベアリング搭載パーツでさらに滑らかに動けるようになりました。ぶい」 「びっくりするくらいコスト上がりましたけどね。まぁでも仕方ないです、格闘能力を向上させるためなんで」 花梨さんの話してくれた詳細によると、どうやらこの間のクィーン・シズムンド事件の影響で『開発中のメイドロボットに機敏な動きで警護する機能に特化したモデルがあったら需要があるのでは』という意見が出たらしい。そこで実験的にコマメちゃんにパーツを積んだものの、いきなり格闘戦やらせて壊れたりしたら大損害なので激しい動きをするテストとしてドラマーに起用したとの事。 「ファンの方も褒めてましたよ。機械のように正確だって」 「ロボですもん、機械じみてて当然ですって」 「ピピー。もしかしてステージ上でロボットダンスをした方がウケるでしょうか？」 花梨さんのバンドがイロモノになっちゃうからやめた方がいいと思う。 「でも本当なら、警護機能なんて強化しなくてもいいのが一番なんですけどね・・・」 「ああ・・・警護の必要があるって事は、それだけ治安が悪いって事ですもんね。テロリンが暗躍してる状況じゃ仕方ないのもありますが・・・晶さんも要人ですし、少しでもガードは固い方がいいですよね」 「パパ、その点はご安心です。晶お嬢様の婚約者候補、有力なお方がいらっしゃいますので、今後さらに身辺警護は強化されるかと」 「えっ、晶さんの婚約者決まりそうなんだ？」 私が瑞葵ちゃんと交際し始めてしまったので、私との婚約が難しくなってその後どうしてたのか気になっていたけど。 「まーたコマメは余計な事を早渚さんに言うんだから。すみません、警備上の理由で詳細はお伝え出来かねます」 「あ、いえ全然大丈夫です。でも、今度こそ宿城の時みたいにならないといいですね」 晶さんはお金持ちなのを鼻にかけない良い人なので、幸せになってもらいたい。 「もちろん、花梨さんやコマメちゃんにも幸せになってもらいたいですけど」 「ピピー。パパ、そこは『私が花梨さんを幸せにします』でいいのでは」 「やめなさい。早渚さんが困るでしょ」 いや、本当に困るのはコマメちゃんの言葉じゃなくて、それに対して口では窘めながらちょっと満更でもない顔をする花梨さんのリアクションの方なんだけど・・・。まぁ、花梨さんならいずれ自分でいい人を見つけるだろう。余計な口出しはかえって失礼ってものだ。