1 / 6
飛ばないピーターパン
吹雪の稜線をなぞるように、ヘリコプターは低空で進んでいた。 ローター音が夜を叩き、サーチライトが白い闇を切り裂く。 「Rainbow Angel、現在高度二千。視界不良、捜索継続中」 「了解。風向き安定せず。無理はするな」 無線は短く、乾いている。 この天候、この山域では、それが普通だった。 「……ライト反応あり。地上に二名、確認」 一瞬、機内の空気が変わる。 「生存反応は?」 「熱源あり。動きは弱い」 「降下可能か?」 ブロント少尉は、窓の外を一度だけ見た。 雪は横殴り、下降気流は不規則。 それでも―― 「可能。降下する」 返答と同時に、彼女はモンキーハーネスを取る。 金属音が、ローター音に飲み込まれた。 「降下員、準備完了」 「ロープ固定。風、強いぞ」 「了解」 次の瞬間、世界が縦に割れた。 ブロント少尉はロープに身を預け、夜へ跳ぶ。 吹き上げる雪、揺れる光、遠ざかる機体。 「降下中。高度五十……三十……」 「姿勢維持しろ。流されている」 「修正する」 足が雪を捉えた。 地上。 寄り添う二つの影。 少女が、かすかに身を動かす。 「……女児一名、意識あり。応答確認」 「了解。状態は?」 「低体温。だが搬送可能」 少女の手を取る。 「安心して。すぐ終わる」 言葉が通じたかどうかは、分からない。 ただ、指先に力が返ってきた。 ハーネスを締め直し、少女を胸に抱き寄せる。 「ホイスト要請」 「了解。引き上げる」 少女を抱きしめたまま、 二人の身体が、音もなく雪原を離れていく。 「女児、機内収容」 一拍、間を置いて。 「……地上にもう一名、確認。男児」 「降下可能か?」 ブロント少尉は、空を見上げた。 夜はまだ深く、山は変わらず冷たい。 「可能。再降下する」 「了解。時間をかけるな」 「Roger」 ハーネスを締め直す。 同じ動作、同じ風、同じ闇。 それでも、同じではない。 飛ばないピーターパンは、 子どもを夢へ連れていかない。 ――何度だって、跳ぶよ。 戻ってこれるからね。
