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下町合同礼拝所・給食室
昼の鐘が鳴る前から、下町の合同礼拝所はざわめいていた。 石造りの建物の裏手、普段は静かな給食室の前に、今日は妙に人が多い。 「今日は誰だ?」 「デリシア神の巫女様が担当らしいぞ」 「……ああ、あの小さい子か」 「それがな、高級店より腹も心も満たされるんだと」 裕福な商会の主が腕を組み、労働者が腹をさすり、官憲が帽子を脱いで列に並ぶ。 学生は落ち着かず、チンピラは「今日はツキがいい」と笑っていた。 給食室の中では、湯気が立ち上っている。 テーブルの前に、小柄な少女がいた。 緑のポニーテールを揺らし、少しかがんで、料理を一皿ずつ丁寧に並べていく。 身長は百五十に少し届くほど。 エルフのように整った顔立ちで、耳はわずかに尖っている。 だが、儚さはない。骨の細さも、弱さも感じさせない。 鍋の中身を確かめる仕草は手慣れていて、 木皿に盛られたシチューは、見ただけで腹が鳴る。 「はい、これでよし……」 白いエプロンの胸元で、小さな聖印が静かに揺れた。 美食神デリシアの印。調理の邪魔にならないよう、実に控えめな位置だ。 「みんな、ご飯だよ!!」 その声は高く、しかし不思議とよく通った。 「たっぷりあるからね。遠慮しなくていいよ」 列の空気が、ふっと緩む。 ――その背後。 影が落ちた。 いや、影というには大きすぎる。 チェルキーの背中が、ほとんど見えなくなるほどの巨体。 肩幅は壁のようで、腕は丸太のごとく太い。 身長差はゆうに六十センチ以上。 横幅は倍、重さは三倍はあるだろう。 男はサングラスをかけていた。 バスクオムじみたそれの奥は見えない。 だが、口元だけで十分だった。 ――笑っている。 満面の笑みだ。 バルサムは、大皿を両手で運んでいた。 煮込みすぎた野菜、形の崩れた肉、味の濃そうな汁。 「一応食えそうで」ではある。 だが、逃げ道はない。 「うむ」 低く、腹に響く声。 「母の愛だ」 列の空気が、今度は別の意味で凍る。 「残すでないぞ」 誰かが、ごくりと喉を鳴らした。 チェルキーは、振り返らずに言った。 「もう、バルサム。怖がらせないで」 「む?」 「ちゃんと食べられる人が食べればいいんだから」 そう言いながら、彼女は最後の皿を置く。 湯気が立ち、香りが広がる。 人々の視線は、自然とその料理に引き寄せられた。 ――温かい。 ――うまそうだ。 ――生きていてよかった、と思わせる匂い。 バルサムは、肩をすくめた。 「……甘いな」 だが、口元の笑みは消えない。 列が動き出す。 貧富も、身分も、信仰も関係ない。 今日の昼は、ここでは皆、等しく腹を空かせた人間だった。 チェルキーは笑う。 「はい、どうぞ」 その背後で、バルサムが頷く。 「うむ。食え」 選択肢はない。 だが、不思議と――誰も文句は言わなかった。
