1 / 3
……飲んでけ、聖職者 ――仮設メイドバー《黒海猫》にて
黒猫店長のアイピク島の出張店舗に、物騒なメイドが採用されたようです。 扱いに困るようでしたら、チェルキーが引き取ります(交代かも)。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 仮設とは思えないほど凝った意匠の木造バー。 軒下に吊された提灯が、夕焼けの海を赤く照らす。 波の音と、どこか浮かれた客のざわめき―― その隅で、リリスは無言でグラスを磨いていた。 黒耳のカチューシャを頭にのせてはいるが、本人の表情はどこまでも冷ややかで、愛想などひとかけらもない。 だが彼女の周囲だけ、どこか異質な静けさが流れていた。 「……やっぱり、おぬしだったか」 声がかかる。 振り返ることなく、リリスは一つため息をついた。 カウンターの前に立つ男――黒の聖職者コート、赤い裏地のマントを肩に流し、ベレー帽と丸眼鏡、そして十字架を胸に下げた男が、どこか芝居がかった仕草で帽子を脱ぐ。 「チャーリーウッド」 リリスは名を呼んだ。ただそれだけ。 だが、チャーリーはその声音だけで十分だったらしい。 「拙僧、先行して偵察に来たまでだぞ? ホーリーレイダースの名に恥じぬよう、任務の一環ということでな」 「好きにすればいい。誰も文句は言わない」 「おう、久しぶりの言葉が冷たいな。寂しかったぞ、リリス殿」 彼の軽口にも、リリスは一瞥をくれることもない。 かわりに、カウンターの奥から、グラスに注がれた淡い紫のカクテルを差し出した。 「……カクテル。好きだったでしょ」 「む……!」 チャーリーの目が一瞬だけ驚きに細まる。 だがリリスはすぐにその手を引っ込め、表情一つ変えずに言い直した。 「ふん、飲んでけ……。注文が入った、それだけ」 「冷たいなあ。いや、それでこそリリス殿か。ありがたく――」 「カウンターに肘を乗せないで」 ぴしゃりと言い放たれ、チャーリーは反射的に姿勢を正す。 背後から、カランカランというドアベルの音。 セクシーな黒メイド服の女性――《黒海猫》の店長が現れ、ふふふ、と意味深に笑う。 「ふふん……これはまた珍しい客層の組み合わせだにゃ。ねえ、リリスちゃん?」 「……関係ない。あたしは、あたしだ」 ぼそりと吐き捨てるように言いながら、リリスは次の注文票に視線を落とす。 それでも、カクテルを受け取ったチャーリーの手元に視線が残っていたことに、彼女自身も気づいていなかった。 「もう一杯、頼んでもいいか?」 「……ケツは、自分で拭くならね」 「それが拙僧の流儀よ。いやはや、変わらんなぁ……本当に」 チャーリーは一口、カクテルを啜りながら、かつての旅路を思い出していた。 リリスはグラスを洗う手を止めずに、黙ってその横顔を見送っていた。 外では日が落ち、潮風とともに夜の気配が店を包んでゆく。 光る提灯に照らされる仮設のバー《黒海猫》は、今宵も淡く、微笑んでいた。 ――こうして、ホーリーレイダースの再会は、さりげなく果たされた。
