thumbnailthumbnail-0thumbnail-1thumbnail-2thumbnail-3thumbnail-4

1 / 5

賢者の学院講義録:第404号「貨幣による不完全性の救済」

しんしんと雪の降る日のことでした。 きつねの親子が、神社の参道を歩いておりました。小さな娘の左手には、手袋代わりに虹色の派手なストライプの靴下がはめられておりました。母親のちょっとした悪戯心か、あるいは手袋を失くした代わりの急場凌ぎか。 娘は露店で見つけた真っ赤なミトンに目を奪われ、母親から500円玉を二枚受け取ります。ちゃり、ちゃり、と澄んだ音を立てて。 しかし、いざ店主の前に立った時、娘は緊張のあまり、間違って**「靴下をはめた左手」**で、500円玉を差し出してしまったのです。 店主は絶句しました。目の前には、虹色の靴下を不格好に被せた小さな手と、そこに握られた金。彼は呆れ、顔をしかめました。しかし、彼はその手を払いのけることはせず、一番温かいミトンを娘に渡したのです。 「……ふひひ! さて、皆さん。ここまでが世に言う『心温まるお話』ですな」 賢者の学院の大講堂。助教シャーリーは、金縁の赤マントを翻し、教壇で虹色の靴下をひらひらと振って見せました。 「ですが、私が教えたいのはそんなお安い感動ではありません。この話の真髄は、**『お金は、相手の胡散臭さと靴下の臭さを上書きする能力を持っている』**という点にあります! たとえ客の左手がどれほど異様で、出す手が間違っていようとも、右手の500円玉が放つ『信用』の前では、そんな不潔な不作法など些細な問題に過ぎない! すなわち、金こそが人間性の瑕疵(かし)を隠蔽する最強の免罪符なのです!」 シャーリーが勝ち誇ったように笑うと、最前列に座っていた真面目な女子学生、エレンがたまらず手を挙げました。 「先生! それはあんまりです。あの店主が手袋を渡したのは、お金のためだけじゃないはずです。子ぎつねの懸命な姿に、彼の『善意』が動かされたからではありませんか? 先生の言い方では、まるで世界が金だけで動く機械みたいです!」 シャーリーは眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、教壇に身を乗り出しました。 「おや、エレン君。善意、ですか。ふひひ、いい響きだ。では問いますが、もしあの子ぎつねが、左手に靴下をはめたまま、右手には一円玉も持たず、『手袋をください』と手を伸ばしていたら? 店主はミトンを渡しましたかな?」 「それは……無償で配るわけにはいかないでしょうけど……」 「そう! そこですよ!」 シャーリーは机を叩きました。 「店主は聖人ではありません。日々を生きる一介の商人です。彼は子ぎつねの奇行(靴下)に呆れ、不信感を抱いた。しかし、その不信感を踏みとどまらせ、彼に『善意を出す余裕』を与えたものこそが、500円玉二枚という具体的な対価なのです」 シャーリーは少し声を落とし、諭すような口調になりました。 「いいですか。人間も、きつねも、等しく不完全で胡散臭い生き物です。左手に靴下をはめるような間違いを犯すし、不潔なこともある。本来なら、そんな不完全な存在同士、怖くて関わり合えたものではありません。 ですが、そこに『貨幣』という共通の物差しを挟むことで、我々は相手の不気味さを一時的に無視し、取引——すなわち交流をすることができる。お金があるからこそ、人は『呆れながらも顔をしかめて』、それでも相手に優しく接する建前を得るのです。貨幣とは、冷徹なシステムであると同時に、不完全な我々が社会に受け入れられるための、最後の一枚の衣(ころも)なのですよ」 エレンは言葉に詰まりました。シャーリーの言葉は冷たいようでいて、なぜかあの雪の日の店主の「呆れ顔の優しさ」を、より現実的な温かさとして描き出しているように感じたからです。 「……つまり、先生は。お金が、不器用な人たちの盾になっていると言いたいんですか?」 「ふひひ、そこまで綺麗にまとめて欲しくはありませんな。私はただ、靴下が臭くても金さえ払えば文句は言われない、この気楽な世界を愛せと言っているだけです。……さあ、講義はここまで! 次回は『偽造硬貨を見破る際の、相手の動揺の観察法』についてお話ししましょう!」 シャーリーは赤マントを翻し、颯爽と講堂を後にしました。その足取りは、どこか軽やかで。彼女が教卓に置き忘れた虹色の靴下だけが、冬の夕日に照らされて、妙に鮮やかに輝いていました。

さかいきしお

コメント (9)

thi
2026年01月11日 23時23分
よ~みん
2026年01月11日 23時22分
翡翠よろず
2026年01月11日 23時22分
えどちん
2026年01月11日 22時21分
CherryBlossom
2026年01月11日 22時05分
しるばん
2026年01月11日 21時42分
Anera
2026年01月11日 20時59分
みやび
2026年01月11日 20時36分

927

フォロワー

おすすめ